装甲悪鬼村正 琴乃の劒冑 一回戦お疲れ様記念SS [装甲悪鬼村正 琴乃の劒冑(感想)]
大事なのは勝ち負けじゃない!!
という訳でチーム・HJ、まずは一回戦お疲れ様記念ということで、大塚信子さんに投稿した支援SSを手直しした物を載せておきます…。
実はHJ組が勝ち抜けたかどうかを確認してから記事を投稿しようと思っていたのですが、場合によっては辛い現実に直面する事もありそうなので、まだ元気な内に済ませておこうかと…。
内容は上の画像の通り。村雨とテルに一つの決着がもたらされる…かも!?という内容です。
えーっと、読まれる方は、管理人がSSを書くのが初めてだということを考慮した上で、広い心の中でお読み下さい…。
※続きの話と一緒にタイトルを変更してこちらにまとめておきました。
「後、一騎!」
叩き付けた得物を無造作に引き抜く。崩れ落ちる数打劒冑。
大英連邦の試作竜騎兵であるグレムリンは、胸部を甲鉄ごと陥没させ、見るも無残な有様を晒していた。
≪敵騎正面。御堂、来るよ!≫
琴乃ちゃんからの警告を聞くよりも先に、私は合当理に意識を集中させる。
噴射。
およそ軍用劒冑とは思えない加速性。あっという間に私は敵騎との距離を縮める。しかし先程までの戦闘でこちらの性能に驚き尽くしたのか、敵騎の仕手は冷静さを失ってはいないようだ。
「村雨、これで決めよう」
≪合点。ガツンと行こうね、御堂!≫
私こと村雨は、横殴りに大鎚を振り回す。"とっておき"は使わない。本命がまだ残っている以上、これ以上の余分な熱量消費は避けておきたかった。
しかし。
「かわされた!?」
≪足回り良いなぁ…。私が弄ったデータが回されてるのかも≫
琴乃ちゃんがぼやく。一応想定の内だ。それもあるのだろうが、横に振り回すか縦に叩き付けるかの二種しか攻撃方法を披露していない以上、さすがに相手も慣れてきたのだろう。むしろ最後の一騎になるまで通用した事の方が驚きかもしれない。これまでに潰してきたグレムリンは全て、ファーストコンタクトで勝負を決めていた。
「ッんん!!」
攻撃の際に生じた遠心力を利用し、そのまま180度反転、再び合当理噴射。よし、敵機はこちらに背を向けたままだ。今度は、逃さない!
(村雨!)
≪え、何?≫
(ブン投げるよ!!)
≪……、合点!≫
一瞬琴乃ちゃんには?が浮かんだようだが問題ないだろう。劒冑によって思考速度も強化されている。意思の伝達には0.1秒とかかってはいない。
「だぁああああ!!」
村雨は大鎚を自らと共に回転させ、思いっきり放り投げた。投げる瞬間背筋に千切れるような凄まじい負荷がかかったが、気にしてはいられない。
「!?」
ここに至ってようやく背後から襲い掛かる回転鎚に気が付いたようだが、もう襲い。
大鎚は振り向こうとしていたグレムリンの左肩口に直撃し、そのまま肩を吹き飛ばした。
バランスを失ったグレムリンは、合当理を全力噴射させたまま大地を削り、近くの林に突っ込んだ。
爆発。
これで終わりだ。
潰した数、全て合わせて八騎。互いに低空での騎航を最も得意とする劒冑同士だったが、こちらが相手を知り尽くしていたのに対し、向こうはこちらに関して何も情報を持たなかったのが幸いしたのだろう。村雨の装甲回数はこれで三度。戦闘経験は二度。ビギナーズラックにしても出来すぎである。
≪やったね、御堂≫
「ありがとう、琴乃ち…じゃなくて村雨」
≪まだほとんど初陣同然なのに、これだけ戦えるなんて御堂は凄いよ!≫
琴乃ちゃんの声は弾んでいる。劒冑になると生前の人間性は失われるのが大半と聞くけれど、私の劒冑に関しては例外が当てはまるようだ。有難いことに。
「村雨がグレムリンの事を知り尽くしていたおかげだよ」
事実である。なにせ生前の琴乃ちゃんは、私が装甲していたグレムリンのメカニックだったのだ。私が知る限り、グレムリンのチューニングを担当した中で最も優れていたのは琴乃ちゃんだったと思う。
≪それだけじゃなくて、やっぱり御堂は天才なの!そりゃあ私は低空ならレーサークルスの感覚でバッチリ飛べるだろうけど、何せ武器がハンマーだもんね。せっかくの機動性と御堂の騎航技術が、台無しになるんじゃないかってヒヤヒヤしたよ~≫
なんと言葉を返したらいいのだろう。勘を掴む事に関して自信があったのは確かだ。けれど、ここまで上手くやれたのはそれだけじゃない。…それは、この村雨が琴乃ちゃんだからである。瀕死の私を生かす為、琴乃ちゃんはその身を劒冑に捧げたのだ。
初めて装甲した瞬間に思った。これは劒冑を纏う等という次元の感覚では無い。劒冑と一体化するレベルであると。
それも当然なのかもしれない。私は琴乃ちゃんが大好きだし、琴乃ちゃんは私の為に劒冑となったのだ。村雨は、正に私専用の劒冑と言っても過言では無い。
「ありがとう、村雨」
たくさん伝えたい言葉があった。謝りたい事も、たくさん。けれど今はその全てを飲み込む。今は過去に目を向けてくよくよしている時では無い。
私達には、決着を付けなければならない相手がいた。
≪御堂≫
「……」
劒冑の感覚は私の感覚そのものである。金探が、劒冑の接近を告げていた。
最後のグレムリンが爆発した辺りをぼんやりと眺めていた私の背後で、劒冑の着陸による突風が生まれる。私はゆっくりと背後を振り返った。
忘れるはずもないその姿。いつか見た時と同様、その輝彩甲鉄は夕日を浴びて、赤く燃えるように輝いていた。
シュヴィーツの至宝こと、"弓聖"ウィリアム・テル。かつてそれは、私にとって絶望の運び手だった。
「ウィリアム・テル。ジョーンだね」
「…やってくれたな信子」
常に冷静さを保っているのがジョーンの特徴だったけれど、今日の彼女の声は冷静というには冷え切り過ぎているように感じる。劒冑ごしだから、という事だけが理由では無いだろう。
「あの人は?」
「痛み分けといった所だ。負ける気はしなかったが、かといって正直勝ちきれるかは私にも分からなかった」
≪良かった。無事みたいだね≫
「ああ。時間稼ぎが目的な事は分かっていた。役目を果たした後は去って行ったよ……このテルから」
最後の部分には言い知れぬ複雑な熱がこもっている様に察せられた。ジョーンにしてみれば、テルから逃れられた敵などかつては存在しなかったに違いない。弓聖の一矢は必中必滅。であれば逃れる術は、冥府に駆け込むのみでならなければいけないのだろう。
「それにしても…その声は琴乃か。あの状況から自らを劒冑とする事で信子を救うとは…。大したものだ」
≪私は私に出来る方法で信子さんを…御堂を救いたかったの。そして…≫
「私を止めてみせる、と?」
≪うん。私が…私達がね≫
ジョーンは何か言いたげだったが、それを言葉にしようとはせず、村雨をじっと見つめた。
「…見事だな。一見いい加減な様に見えて、その実しっかりと調和がとれている。芯の様なものも感じる。正にお前そのもののようだな、琴乃」
≪…悪い気はしないね≫
「琴乃、信子。お前達は私の想像以上だ。グレムリンを八騎失ったことなど、今となっては瑣末事に過ぎん。もう一度聞こう。私に力を貸してはくれないか?私が正義を成す為には、二人の力が必要だ」
私は目を閉じたままだ。ジョーンの声は届いているが、返す必要は無い。
≪ジョーン。私も貴方に同じ言葉を返すね。オヴァムに正義なんて無い。ジョーンがオヴァムを利用しようとするなら、私達はオヴァムをこの世から失くしてみせる!≫
「琴乃……」
その声には心底落胆している風が感じられた。今となっては分かる。ジョーンも琴乃ちゃんが好きだったのだろう。それでも、彼女は彼女の正義を選んだのだ。もうこの位でいいだろう。
「ジョーン。私はこれ以上貴方と話す事は何も無い。付けよう、決着を」
「…ああ」
それは決別の言葉であり、開戦の狼煙でもあった。
互いに合当理を吹かし、宙へと舞い上がる。
「さすがに、早い」
≪西洋甲鉄の三宝の内の一つ、輝彩甲鉄は異常な軽さが特徴なの。初手の高度優勢は、端っから諦めるしかないよ≫
「村雨」
≪分かってる。何時でも良いように準備しとくね≫
オヴァムを消していく上で、テルとの対決は避けられない。この日に備えて、琴乃ちゃんとは何度も対策を検討しあってきた。問題はそれが机上の空論に終わるのか、それとも勝利の方程式に成り得るのかの、一体どちらなのかということだ。
村雨の造りは重拡装甲。美濃関鍛冶に代表される、低空低速ながら旋回性に優れるのが特徴である。しかしこの村雨は、最新の競技用劒冑やグレムリンの技術をも取り込み、低空では桁外れの加速性を実現している。
更に右手のこの兵装。この大鎚が村雨の唯一の武器なのであるが、威力はともかく使用した際に生じる遠心力は、攻撃を回避された場合に、即、隙に繋がってしまい、双輪懸での使用は仕手に相応の技量を要する…つまり苦手なのである。
「でぇえええいッ!!!」
早速避けられた。が、反撃は無し。こちらの空戦性能の把握に努めている、と言った所だろうか。余裕である。相手がまだ劒冑の性能に頼った素人と思えば当然だろうが。
≪今度はこちらが上!≫
双輪懸の常道を取るなら、上昇時にたっぷりと減速した速度を取り戻すべく、すぐさま下降しなければならない。
そうして稼いだ運動エネルギーを以って、再び高度劣勢からの双輪懸を……では駄目だ…。
ただでさえ扱いにくい大鎚を重力を敵に回しながら振り回したのでは、何時まで経ってもテルには届かないだろう。
ここは強引にでも上方を取らなければ。失速分を補う手は…ある。
後はジョーンがこちらのイレギュラーな騎航を、初心者の失策と受け取ってくれればいいが。でなくとも、不必要な警戒さえ与えなければそれでいい。
「…次は勝負だね」
今度は敵も様子見とはいかないはずだ。お互い、元々熱量に余裕があると言う訳では無い。ジョーンは"あの人"と、こちらはグレムリン達を相手に消耗している。
しかし、向こうとしてはそこまで危機感を覚えてはいないだろう。村雨は、基本的な攻撃手段はそう選択肢の多く無い劒冑である。むしろ少ない。
敵機の基本方針としては、こちらの大振りの一撃を、自慢の軽装甲が実現する回避機動で無力化したのち、右手の長剣でこちらを突き刺す…といった所か。というか今の自分では他に思いつかない。
…かつてロンドンにて、チンピラ仕官相手に披露したジョーンの剣の冴えを思い出す。当時の自分には、彼女の閃光の剣筋を捉えることなぞ全く出来なかった。…思わず、背筋に嫌な汗が流れる。
だがしかし、
「村雨、大鎚に熱量を回して!」
≪合点。ガツンといこうね、御堂!≫
相変わらず琴乃ちゃんの金打声には張りがある。元気がある。私の中に力をくれる。
高度優勢はこちらにある。得物が得物なだけに、その威力は上昇時のそれとは段違いだ。
それだけでは無い。古今東西様々な劒冑が存在するが、双輪懸が華とされるにも関わらず、わざわざ空中で扱いにくいハンマーなどを主兵装にした劒冑は、少なくとも私は聞いたことが無い。
であるならば、この村雨は劒冑の中では相当にマイナー、あるいはキワモノの部類と言っても良いかもしれない。
つまり、ジョーンにこの大鎚の"カラクリ"が察知される可能性は極めて低いのである。
付け入る隙は、あるのだ。
(…ここでしくじれば後は無い)
テルとの距離が狭まる。下降の勢いを利用したその上昇速度は、対手の騎体性能と合わさって驚異的だ。
私は肩に構えた大鎚を更に後ろへ引き、腰もやや捻る。
テルが右の長剣を振るおうとするのを捉えた。なんとか先手を取ろうとしたにも関わらず、結果はややカウンター気味。…速すぎる。
だがしかし!!
「 イ グ ニ シ ョ ン ! ! 」
「!?」
大鎚の先端、打ち込む側とは反対に備えられた小型の合当理から、爆炎が吹き上がる。
「噴射ッ爆砕撃!!!」
ありったけの位置エネルギーを運動エネルギーに変え、炎の軌跡を描きながら大鎚が振り下ろされる。だが、
≪また避けられた!?≫
「いや…」
手応えはあった。
旋回して見上げてみれば、テルは右手を肘の下辺りから消失させていた。これで少なくとも、未だ習熟しているとは言い難い、双輪懸での近接戦闘の読み合いは避けられる。
ジョーンの剣術は尋常なものでは無い。近距離ならば、プロの軍人が引き金を引くよりも早く刃を閃かせる事が出来る。無論、双輪懸における引き出しの多さも自分に計れるレベルではないだろう。
一先ずは命を繋いだ。
けれど勝利には程遠い。虎の子の石弓は未だ健在なのだ。とは言え、私はまぁこんなものだろうと思っていた。
ビギナーズラックはここまで。テルは近接戦闘手段を失い、これでジョーンはこちらを侮れぬ敵と識別。立ち向かう愚者に死をもたらす魔弾の射手へと変貌するだろう。
不意に、琴乃ちゃんと結縁した時に消えたはずの傷が、疼いた。
「村雨!!」
≪仁義礼智忠信孝悌≫
村雨の全身に埋め込まれた水晶が輝きを放つ。
「水気入神」
≪刮目せよ≫
≪そは青龍の御霊の加護にして怒りなり≫
「水神祈祷!」
村雨を中心とした半径150メートルの空間に、目の前すら視認が困難な濃さの霧が発生した。
「何!?」
こちらにしかと狙いを定めていたジョーンから驚愕の金打声が届く。未だ使いこなしているとは言い難い村雨の陰義"水分操作"の発動は紙一重で間に合ったようだ。
これでテルの陰義は封じた。こちらを「見る」ことが叶わなければ、陰義が発動することは無い。しかし対手が見えないのはこちらも同じである。
「村雨」
≪大丈夫。この霧は私の肌も同然。敵騎の位置は手に取るように分かるよ≫
わざわざテルが陰義に頼るのを待ったのは、虚をつくタイミングの為である。こちらの切り札は使えて一度。最大の効果を得る為には、対手が得物に必殺の意を込めた瞬間でなければならない。敵がこちらの機と思った瞬間こそが私達の機なのである。…まぁこれは"あの人"の受け売りなのだが。
「合当理!!」
≪全開!!!≫
ジョーンほどの使い手が驚愕で動きを止めるなど一瞬のことだろう。すぐに劒冑に熱源探査を命じるはずだ。でなくとも、テルに急接近する翼筒の爆音で位置を察知されかねない。
故に、陰義の発動→敵騎の視界が封じられる→敵騎に肉薄するという工程は、速やかに、そして正確に行われなければならなかった。
ジョーンがテルに熱源探査を命じようとしてから実行されるまでのタイムラグ。…この機を逃せば勝利は無い。
村雨はその加速性を活かし、最短距離を最速で突き進む。間に合え!!
「テル、熱源た」
「させないッ!!!!」
陰義の発動を中止すると同時に、大鎚が再び炎を吹き上がらせる。
噴射爆砕撃。
元より頼る攻撃はこれしかなく、勝利を託すのはこれのみで十分であった。直撃すればいかなる劒冑の甲鉄であろうとも無事では済まない。まして、ウィリアム・テルは頑丈さを誇る劒冑では無いのだ。
「だぁああああああぁあぁあぁ!!!」
「ぐッがふッッ!!!」
浅い!!
なんという戦闘センスか。ここまで用意周到に策を巡らせてなお、テルはインパクトの瞬間に大鎚の円周軌道上からその身を下がらせ、致命的なダメージを回避してのけたのだ。
≪もう一撃!≫
テルは体勢を崩している。こちらもそろそろ熱量が限界に近いのだが、それでも気力を振り絞る。
「このッ!!」
続けて合当理に重い一撃を叩き込んだ…はずが、どうも気力だけで熱量は振り絞れなかったらしい。損傷は騎航不能には程遠い。
「やってくれるなッ!!」
戦闘中一切通信してこなかったジョーンから、初めてこちらに向けた金打声が届く。
二騎がもつれ合う中、テルは損傷していることを忘れるかのような機動で背後に回りこむ。輝彩甲鉄とジョーンの技量がなせる技か。
「チッ!」
既に二度目の交差時に右手の戦闘手段は無力化してある。これでテルの右手が健在であったならば、今頃背中の合当理はどうなっていたことか。更に、
「なッ!?」
距離をとって武者弓を放とうとしたジョーンの目には、氷に覆われた左手が見えるはずである。"あの人"曰く、保険だそうだ。これで当分は陰義はおろか弓も使えないだろう。しかし、
≪御堂!?≫
限界だった。
先程の噴射爆砕撃は間違いなく必殺のつもりだったのだ。それだけの熱量を込めていた。
石弓を凍りつかせるのもかなりの負担である。
もはや合当理を吹かすだけの熱量は…かろうじてあるが、先に意識が落ちる。
轟音。
腹部に深刻な打撃を受け、合当理を十全に使おうにも気張ることが出来なかったらしいテルと、意識を消失させて騎航不能に陥った村雨が墜落する。幸い高度がそれほどでは無かったのと、琴乃ちゃんが私の執行無しで無理やり合当理を吹かせてくれたらしく、墜死だけは免れた様だ。ついでに地面に激突した痛みで目も覚めていた。死ぬほど痛い。
≪大丈夫。死ぬほど痛いって思う余裕がある内は平気だって、前ちゃんも言ってたよ≫
…反応を返す余裕は無い。
なんとか身を起こす。甲鉄自体はさして損傷していないが、熱量の方は深刻である。あと一度の突撃が限界だろう。大鎚は手放していない。
対してテルはというと、熱量にはまだ余裕があるはずである。何せろくに攻撃していないのだから。しかし損害は深刻のようだ。腹部と合当理を損傷。長剣は振るえず、左手の武者弓も使用不能。
であるならば、得物を残すこちらの方が有利であろうか?
(いや…)
このままならばこちらの負けだ。何故ならば、
(村雨。テルが左の石弓を使う事はまだ可能?)
≪……≫
≪…左手に熱量をありったけ込めれば。発射と同時に左肩が吹き飛ぶかもしれないけど…≫
やはり。
敵騎との距離は100メートル前後といった所か。村雨の加速性なら、合当理を吹かせば一瞬でテルに到達する。テルが発射体勢を整える前に攻撃出来るかもしれない。テルの損傷状態を見るに、すぐさま上空に逃げられる心配も無いだろう。
けれど。この身は覚えている。かつてグレムリンで琴乃ちゃんと逃げ出した時の背後に感じた戦慄を。そして理屈を超えて、この身が警告する。今のままでは駄目だ。ジョーンの正義への執念は、大鎚が振り下ろされるよりも早く村雨を射抜くのだと。
元より引く道は無い。琴乃ちゃんとの思考会話も方針検討も瞬きよりも一瞬で済ませる。
合当理全開。テルがこちらに武者弓を向けたのも同時である。
「届くと思うか?」
ジョーンからの金打声が響く。
「いや、届きはしない。その前に、私が、射抜くッ!!!!」
テルの左手を覆う氷が今にも砕けそうになる瞬間、私の心は意外にも冷静であった。私の思いはジョーンでも琴乃ちゃんでもなく、かつてのライバルに向けられていた。
(操…)。
まだ私がタムラ・ファイティング・ファクトリーに所属していた頃、主騎手の座を争い、共にしのぎを削りあった相手。私がアーマーレースへの情熱を失ってしまった元凶。
思い出せ。あの頃、まだ図面段階ではあったが、彼女の父が設計に携わっていた次期主力レーサークルス候補。そしてそれを駆る為だけに、彼女が編み出そうと必死になっていた至高の騎航法を。
劒冑は彼女の為に、彼女は劒冑の為に。ただひたすらに頂点を目指して磨きぬかれた劒冑と少女が歩み寄り、一つとなった瞬間に実現されるであろう世界への逆襲。
魔翼・アベンジザブルー。
(今の私には、ジョーンに届く方法がこれしか思い浮かばない…)
最後の最後で自分の中に残った切り札が、一度は捨て去った世界に残した未練だというのだから笑うしかない。そう、私にはまだ未練があった。あの騎航法。他の騎手では無く操だけが、アベンジを全力で駆る為のみに世に産み落とした走り。私はあれと戦いたかった。モノにし、彼女を超えたかった。そうしたら、きっと今度は彼女が自分を越えて、また私が超えて、そしてやがて世界へ……。
感傷を振り切る。方針決定。
≪…≫
思考内での応答すらもどかしく、私達は瞬時に準備を始める。
村雨の水晶が淡く光始めた。
「!!」
テルが警戒の意を発したかもしれないが、どうでもいい。
今度の陰義は先程のような大規模にする必要は無い。重視すべきは量より質。
村雨の全身を氷が覆い始める。合当理の噴射部分を除いて。
(大事なのはイメージ…)
私の意志に応え、全身を覆う氷が複雑な形状に変化を始める。
それは奇形であった。
レーサークルスの常識からはあまりにも逸脱した歪んだフォルム。
狂っているとしか言い様が無い。けれど美しい。
研ぎ澄まされ透き通った氷の中を、光玉の輝きが満たした時、それは異界の美へと曲がり成った。
(私は設計図を記憶した上で陰義にイメージを与えている。果たしてそれが、どこまでアベンジの再現を可能とするか)
(大丈夫。信子さんの想いは、私が必ず再現してみせる!)
(琴乃ちゃん?)
…孤独な思考の中で琴乃ちゃんの呟きを聞いたような気がした。私の心は劒冑との思考会話よりも更に深い所に置いていたにも関わらず。
精緻な氷細工は、果たしてレーサークルスの至芸に届くのだろうか。
今、賽は投げられた。
「 ア ベ ン ジ ・ ザ ・ ブ ル ー ! ! ! ! 」
刹那、村雨アベンジは爆発する。
その走りは大地への蹂躙。地上の全てを省みず、紅の稲妻は音速の壁を突き抜けた。
「琴乃ォッ!!!」
ジョーンが吼える。テルの左手に位置する武者弓が、肩ごと吹き飛んだ。しかし、
「 T h e p a r a d o x o f " t e l l a n d a p p l e " 」
ジョーンの執念が、死刑執行の一矢を撃発する。
見えた。テルの放った矢が。いや、 擦 れ 違 っ た 。
(抜けた!?)
遂に私は弓聖の瞳から逃れたのか。
…いや、
(背後から、来る!!)
(これは…)
これは……分散射撃!?
背理の一射+分散射撃。それは、ウィリアム・テルが絶死必滅を誓う正真の奥秘。数多の勇猛なる敵将を地獄へと突き落とした断罪の弓撃。
かつて私の身を撃ち抜いた死の雨が、今、後方より四方から襲い掛かる!
(並ばれたら……終わる!!!)
…改めて、ジョーンの背負う彼女なりの正義の重さを実感する。これほどなの?ジョーン。
全てを置き去りにする紅き光迅と化してなお、弓聖の魔眼はこの身を放さないというのか。いや、劒冑によって強化された動体視力すら意味を成さないはずだ。敵機との距離はたかだか100メートル。紛い物の逆襲騎の発動時間はわずか一秒とはいえ、その超加速は村雨に勝利をもたらすには十分過ぎるはずだった。
理屈の埒外にある神秘の極致、陰義を行使する仕手もまた、常識の壁を突き破ったというのか!?自分のように!!
ならば、これは、
(もはや劒冑の勝負でも、技術の勝負でも、策の勝負でも、陰義の勝負でも無い)
譲れぬ意地と意地。揺るがぬ魂と魂の激突であった。
「ッッ!!!」
「ッ!!」
互いに声を発する暇など無い。
辺りにはただ決着を告げる轟音だけが鳴り響く。
「グゥッ…あぁッ…」
視界の定まらぬ中、私は痛みに耐えながら体を起こす。背中を見ると、一本、テルの回転矢の先端が突き刺さっていた。
(危うかった…)
ゆっくりと引き抜く。激痛。出血。しかし、死には遠い。
どうやら、あちらの矢が完全に届く前にこちらがテルに到達出来たらしい(と言っても、タックルしかしてないが)。陰義が完全に発動すれば、今頃村雨は背中から串刺しのはずである。それほどまでの魔弓であった。
≪…御…堂?≫
「村雨…」
視界が回復する頃になって、ようやく村雨のOSも復旧したようである。
≪ジョーンは?≫
「ええっと…」
眩暈がする。背中の傷以上に熱量消耗が酷いようだ。それはどうしようもないにしても、幸い村雨自体の損傷は中破といった所なので、仕手への治癒機能には問題無いだろう。
「あっ」
テルは、ジョーンは、そこにいた。
≪ジョーンッ!!≫
200メートル程先の断崖ギリギリまで吹き飛ばされたようで、その姿には弓聖の威容は既に無い。
ゆっくりとその身を起こした後、こちらに背を向けたまま、ジョーンは語りだした。
「その劒冑…あの時のオヴァムを使っていたのか…」
≪…うん≫
「そうか。どうりで、あの"アウトロウ"…」
ほう、とジョーンは一つ溜息をついた。
「大したものだ。本当に、大したものだ…」
こちらに届く金打声は、その姿とは裏腹にしっかりとしたものだった。私よりもよっぽど。
テルがこちらへと向き直る。ただそれだけの動作を、とても辛そうに。
「色々と賛辞を送ってやりたい所だが、あまり持ちそうに無い…。手短に聞く」
「……」
≪……≫
「追い続けるのだな?」
「うん」
≪うん≫
「そうか…」
「ならば…ジュネーヴに行、け…」
「え?」
「そこ…に、お前達の…求める物が、待って…いる」
≪ジョーンッ!!!!≫
その身を引き摺りながら村雨がテルへと近付いて行くが、間に合わない。
テルはゆっくりと倒れ、断崖を落下していった。
「それで、結局ご遺体は見つからなかったのですか?」
「私はもう限界だったから、村雨に頼んだんだけどね」
≪…それがどこにも見つからなかったの。不自然といっても良いほどに。破片位はあったんだけど≫
ジョーンとの事は、彼女を弔うまでは終わらない。オヴァム潰しはその後だ、と琴乃ちゃんと決め合ったのは良いのだけれど、あの後ジョーンやテルが見つかることは無かった。
彼女が今も生きているのかどうか、まだハッキリとした事は言えない。けれど、彼女の死を確認出来なくて少なくとも残念と思う気持ちは無かった。そう思える自分がなんとなく安心した。ジョーンとはまた会える。そんな予感がある。
≪オーリガさんも無事で良かったね≫
「いえ、これでも見えない所は結構酷いんですよ?アイタタタ」
……。
「ジョーンは貴女と痛み分け、と言っていたけれど?」
「とんでもない。かの弓聖を相手に私ごときが本気で挑むとなれば、あっさりと砕け散っていた事でしょう。私はただ、時間を稼ぐ事に全力を尽くしていただけです」
浮世離れしていて掴み所の無い彼女だが、不思議と嘘をつくような人だとは思えなかった。意外と、テルに対する感想は本音なのかもしれない。何故か意外な気がしてしまうのは、本人の発する不思議な雰囲気のせいだろう。本当に良く分からない人なのだ。
≪ほんとかなー。ジョーンはお世辞を言うタイプじゃないんだけど≫
「それはそれは。光栄極まりない話ではありますが、私は分を弁える女です。アレの相手は、間違いなく貴女方が適切でしょう」
「ありがとう、オーリガさん」
「いいえ。お二方こそよく頑張られました。それで、次の目的はお決まりになりましたか?」
≪え?≫
思わず琴乃ちゃんがすっとぼけた声を返す。この人はどうも、まだ私達に付き合うつもりらしい。
「お邪魔でなければ、もうしばらくはお傍に居させて頂こうと思いましてね。ご安心を。誓って、迷惑はおかけしません」
今回の件に関して、裏方ではほとんどこのオーリガさんが一人で大活躍していた(他の人を巻き込む訳にも知られる訳にもいかなかった、というのもあるが)。演劇に例えるなら、役者以外をほぼ一人でこなして見せたといってもいい(脚本には私達も多少協力したけど)。化け物である。そんな馬鹿なという話ではあるが…。
そんなオーリガさんは、まだ私達を手伝う気でいるらしい。正直、断る理由は無かった。
「次にするべき事は決まってるよ、村雨。オーリガさん」
ようやく沈みかけた夕暮れの太陽に体を向けた私は、彼女達へ肩越しに視線を送る。
「国際統和共栄連盟本部、スイスのジュネーヴ。そこが次の目的地」
装甲仁義村雨 第一話 「信子の仁」 了
コメント 0