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「真装甲仁義村雨 始 後編」 その1 [装甲悪鬼村正 SS]

「真装甲仁義村雨 始 後編」 その1

 

 

一瞬、戦闘の停止を呼びかけるという案が頭に浮かんだが、すぐに霧散した。
突然割って入った闖入者の…それも所属不明の武者の言葉など誰が聞くというのか。むしろ場合によっては増援すら呼ばれる恐れがある。
"一応呼びかけてはみたけれど聞き入れてもらえなかったから仕方が無い"
ただそう自己満足したいだけではないのか。
武者同士の戦闘で半端は許されない。
劣勢となっている真打を守ると決めたのだ。必殺の狙撃兵器を有する数打相手に生半可な覚悟で望んでは、何も守れずただ撃墜されて終わることさえ有り得る。

…殺すのだ。

≪御堂。陰義の術式、また最適化しておいたよ≫
「分かったわ」

有難い。
琴乃ちゃんには随時陰義の術式に手を入れてもらっている。
最適化が進めば、発動が容易な技ほど呪句は短縮され、熱量の消費も軽減されるのだ。

「まずは一騎」

翼筒から猛烈に噴炎が迸る。
真打をいたぶる三騎をやや離れた場所から見守る数打に、私は一直線に迫る。
標的がこちらに気付いたが、問題無い。
高度の優位は向こうにあるとはいえ、敵騎の態勢は未だ不十分。もはや回避も許さぬ距離まで迫った。
このまま一合で叩き砕いて、

≪御堂!≫
「ッッ!!」

大鎚の間合いに入るのを目前にして、敵騎は冷静に得物を持ち替え、そして正確に発振砲をこちらへと向けてきた。
不意を突いたつもりだが、この距離まで肉薄して尚、零零式の仕手に取り乱した様子は無い。
厄介な武器はここで潰しておきたい所だが、過ぎた欲張りは身を滅ぼす。回避を優先すべし。
眼前で眩い閃光。
相手の右斜め下に抜けつつ大鎚を振りかぶる。同時に、鎚に備えられた合当理も急速噴射。
素早く回避に入ろうとしていたようだが、腹部を中程度に抉られた敵騎は、体勢を大きく崩して落下していく。
直後に、背中を焼け付くような痛みと冷や汗の両方が襲った。
射線からは完全に逃れたつもりでこの威力。直撃した時の想像は止めておいた方が無難かな…。

「中尉!?」
「貴様!!」
「何!?」

一瞬の攻防を乗り切った後、他の三騎もようやく私に気付いたようだ。
だがもう遅い。
ここから先は、私達の時間だ。

──────以降の戦術の組み立てを瞬時に完了。同時に琴乃ちゃんもそれを共有し、素早く用意を開始する。

「水気入神……」
≪水神祈祷≫

三騎の零零式がこちらに騎首を向けたのも束の間、辺り一体が深い霧に包まれる。

「糞!なんだこれは!?」
「ッええい、何も見えん!」

武器を太刀から発振砲に切り替えたものの、突如私の姿を見失った連中は、数瞬次の行動を見失ったようだ。
霧の中は村雨のテリトリーも同然。陰義の効果で私の感覚と繋がっている。
敵騎の位置を瞬時に感じ取った私は、安全に彼等の間を飛び抜け、きちんと合当理の爆音を相手に聞かせつつ上空へと脱出した。

「上か!!」
「逃がすな!追撃するぞ!」
「骨董品が舐めやがって!」

≪………≫

…相棒からは無言の怒りが伝わってくる。まだ生まれて数年なのにね…。
普通ならば、真打が近接戦を仕掛けて来なかった時点で何かしらの陰義を警戒しても良いはずだが、三騎は勢い良くこちらの尻を追っかけてくれている。
三騎からの装甲通信には、まだ幾許かの若さが感じ取れた。
もしかすると私と同年代か、あるいは更に下かもしれない。
ならば陰義への警戒心の薄さも止む無しか。真打との戦闘経験豊富な数打武者など、今日日そうお目にかかれるものでは無い。
あるいは"狩り"のせいで頭に血が上りすぎているのか?

雲海に突入した辺りで私は陰義の発動を停止、この時点で三騎は私が引き付けている。下方に残した最初の一騎が気がかりだが、それはなんとか向こうで対処してもらうしかない。
雲を突き抜けた先では、眩しい太陽の輝きが私を出迎えた。
上昇を続けながら村雨は軌道を変え、太陽を目指して騎航を続ける。

≪敵騎も抜けてくるよ≫
「…順調ではあるけど、やっぱり背中がむず痒いねぇ」

──────あの恐るべき狙撃兵器を相手に背中を晒す。

相手にしたのはこれが初めてでは無いとはいえ、砲口から発っせられる冷たい死の気配はそう簡単に慣れるものでは無かった。

複数の閃光が私の周りを突き抜け、天空を切り裂く。
太陽光が正確な狙撃を邪魔してはいるが、砲の数は三つ。楽観は出来ない。

≪目標高度に到達≫

よし。
ならば始めようか。

≪仁義礼智忠信孝悌≫
「水気入神」

陰義の準備を開始すると同時に、私はすぐさま反転、追っ手である三騎と向かい合う形で突撃する。…我ながら正気の沙汰では無い。

≪刮目せよ≫
≪そは青龍の御魂の加護にして怒りなり≫

いきなり正面から突っ込んでくる私に動揺しつつも、零零式はこちらに向けて発振砲を構える。
出来る事なら手堅く慎重に一騎ずつ墜としていきたい所だが、生憎と雲の下に敵とズタボロの武者を残している以上そうもいかない。

…極限の集中。
時間の流れが緩やかに感じる。
敵騎が引き金を引く瞬間を見極めろ。
まだだ。
…まだ。
もっと…。

──────膨れ上がる殺気。

……今だ!

合当理に一気に給熱、三騎の下へ向けて急加速する。
またもや頭上で閃光が疾走る。
…回避成功。
後は仕上げだ。

「水神祈祷!」

彼等の真下を抜ける瞬間に完成した陰義を解き放つ。

「ちっ!逃げてばかりで話にならねぇ!!」
「ちょこまかしやがって!」
「すぐに俺達も追………いや、おい…待て」
「なんだ?…え?」

私が再び雲海に突っ込む直前、背後から彼等の驚愕の声が耳に届いた。

「が、合当理が…点かねぇ!?点かねぇよぉ!」
「そんな、そんな馬鹿な!!……くそ!くそ!なんだ、どうなってる!?」
「う、うわぁあああああああ!!!!」

武者が天空を制する事叶うは合当理あればこそ。
だがしかし、村雨の陰義"水分操作"が、そんな空の王者に終焉をもたらす。
合当理の凍結。
有効射程の短さ、効果範囲の狭さ、そしてそこそこ多めな熱量消費と、とかく扱いにくい技だが、真打クラスならいざ知らず数打程度の甲鉄守護力ならば、状況とタイミングを選びさえすればこうした芸当も可能となる。
三騎の零零式が遥か大地に向けて墜落していく。
……この高度からなら助かる見込みは万に一つも無い。

「水気入神」
≪氷鎧鍛造≫

雲中を駆け下りるさなか、村雨の甲鉄は透き通るような氷の鎧に覆われていく。
雲底の一部を衝撃で吹き散らしながら一気に突き抜けると、雲の下は未だ小雨が降り続けていた。
最初の接敵からそろそろ30秒。
可能な限り迅速に敵を処理してきたつもりだが、果たして間に合うかどうか。
ファーストコンタクトで仕留め損ねた敵は……いた。
手負いの真打への追撃では無い。こちらに向かって上昇してきている。
仲間を三騎倒されたというのに、その構えには一分の隙も迷いも見出せなかった。
初手の立ち回りといい、あの冷静な騎体操作は他とは別格だ。
やはりあれが隊長騎か。
一撃必殺の発振砲を有する上に、相手は手練れ。後一騎と言っても油断は出来ない。

「…逆襲騎の発動直後に大鎚へ熱量結集」
≪合点≫

対敵が携えた発振砲は、威力と射程を強化した狙撃特化型の最新モデル。
自ら間合いを縮め、有効射程にこちらを捕らえた瞬間に即座に撃ち抜いてくるに違いない。

氷鎧の中に水晶の輝きが満ちていく。

私が望み、欲し、求めるのは速さだ。
ひとえに、ひたむきに、ひたすらに速さだ。
それは祈りのように切実な願い。
それは狂気にも似た果て無き欲求。

魔翼・アベンジザブルー。

サイティング不可能レベルにも達する凶悪なファイティングスピードが、村雨に有無を言わさぬ必殺の金剛力をもたらす。
後は敵が、己が得物に必殺の"意"を込めた瞬間を見極めるのみ。
対手の機を正しく掴んで奪い取り、超加速から完璧なタイミングで敵騎を砕き割る。
日々の鍛錬だけでは決して身に付かない、私が実戦の中で磨き、そして鍛え上げたブレイク・アーツ。
そしてその時は、正に今訪れようと………
だが、

≪ッ!!……体が…熱い!うあッ≫
「村雨!?」
≪大丈夫…ッ。御堂は、執行を≫
「ッッ!!!──────ア ベ ン ジ ・ ザ ・ ブ ル ー !!!」

落雷にも似た轟音と共に村雨が青洸の輝きと化す。
未だかつてない圧倒的な光迅の天駆に、より驚愕を覚えたのは果たして敵か私か。
テルとの初戦での発動が生温くさえ感じるような、まるで制御の利かない超絶加速。
音を超えた刹那に極寒の鎧が弾け飛び、制御は更に困難を増した。
速過ぎる…。母衣が千切れ飛ばないのが不思議な位だ。

(叩き砕くだけだ。そう、叩き砕くだけ……ッ!!)

激流に挑むが如き騎体操作の難を強引に捻じ伏せ、私は構えた大鎚を振り抜く。
結局隊長騎は、送熱管を通って発振砲へと熱量を注ぎ込む間すら許されずにバラバラに粉砕された。
終わってみれば一蹴である。あるのだが……

「ハァハァハァハァハァ」

(今の逆襲騎は…一体……)

「村雨、大丈夫?」
≪…うん、もう平気≫
「さっきのは…」
≪分からない…私にも。いきなり胸の方が…オヴァムが熱くなって……ごめんね、今分かるのはそれだけ…≫
「…ううん。とにかく今はさっきの劒冑の所へ急ごう」
≪合点≫

 

地上を見渡すと、私が離陸した付近に先程の真打が倒れているのがすぐに確認出来た。あの少女も一緒である。
可能な限り静かに着陸したつもりだが、それでも辺りには砂煙と風が広がった。
装甲を解除すると、私の脇で甲鉄が巨犬の姿に組み直される。
その様子を、緊張した面持ちで少女とボロボロの武者が見守った。

「姉上、姉上も早く装甲をお解き下さい!」
「……」

返事をする余力もないらしい。
武者状態を維持するだけなら熱量消費はそれほどでも無いが、今のあの様子では装甲を続けるだけでもかなりの負担になっているのかもしれない。
ほどなくして少女に寄り添われた武者も装甲を解き、仕手の脇に鋼の猿が現れた。
どうも少女の劒冑の方と姿形が似ているようだが…。
装甲が解かれた武者の方に視線を移すと、そこには長髪の美女の姿があった。
髪は少女と同じで赤い。スタイルは……恐らく年齢は二十歳には届いていないと思われるが、既に、私如き(泣)とは比べ物にならないレベルにまで見事に成熟している。お清さんとまではいかないが、パイもかなりデカい。
気絶しているようだが、命に別状は無さそうだった。

「姉上の手当てをしなければ!」

必死な声にハッとなった私は、女性の観察を止めると、素早く二人に駆け寄った。

「まずはここを離れないと」
「しかし姉上が…」
「劒冑と結ばれた武者がそう簡単に死ぬことなんて無い。とにかく戦闘のあった場所に長居するのは危険だよ」
「…承知した」
「ここから東に離れた場所に、私が雨宿りしていた廃寺があるの。傷の手当はそこで」
「う、うむ」
「村雨はこの女性をお願い」
≪合点≫

傷ついた女性の体をそっと持ち上げると、琴乃ちゃんの背に静かにのせた。

「待て、姉上をお運びするならわたしの劒冑でも…」
「この人の劒冑はボロボロだし、貴女の劒冑は廃寺の場所を知らない。代わりに周囲の警戒をしていて欲しいの」
「そ、そうか。ならば承知した……って、頭を撫でるなぁっ!」
「あ、ごめんごめん。しっかりしてるなぁって、つい」
「いいから、早く廃寺まで案内しろ!」
「はいはい」


 

「ここか?」
「ええ」

重傷の女性を労わりつつ、素早く戦闘区域から廃寺へと私達は移動したが、少女は堂の扉に触れる前に手を止めた。

「血の匂いがする…。さっき言っていた名も知らない怪我人のものか?」
「そうよ。それがな…む」

中に意識を向けると、少女から遅れて私も訝しげな表情になった。

「人の気配がしないぞ」
「自由に動けるような状態には見えなかったけど…」
「詳しい怪我の具合は確認しなかったのか」
「そうする間もなく飛び出して来ちゃったからねぇ」

そう言いつつ、私は少女に代わって扉を開けた。
すると、中には私が初めて足を踏み入れた時と同じく、人っ子一人いやしない。
残っているのは僅かな血の匂いと、真っ赤に染まった包帯のみ。
私がここを出て行ってからそれほど時間は経過していないはずだ。堂内の血の匂いの残り具合から、彼女がここを出てまだ数分経ったかどうかといったところだろう。
あの様子では当分は身動き出来ないだろうと考えていたのだが、どういうわけか私が戻る前にここを出て行ったようだ。
怪我をした彼女がどこへ行ったかも気になるが、一先ずは目の前の問題の方が優先である。
琴乃ちゃんから女性をゆっくりと床に下ろすと、琴乃ちゃんは外へと消えて行った。周辺の警戒をしに行くのだろう。ここも長居するわけにはいかない。
少女が包帯を掴む。

「その怪我人とやらがここを出て恐らく三分と経っていないな。匂いもそうだが、まだ包帯も冷え切っていない」
「へぇ…」

見た目を裏切るその分析力に私は感心し、その気持ちを素直に態度で表す事にした。
なでなで。

「だから撫でるなぁっ!」
「いいじゃない。子供の頭を撫でるくらい、別に何が減るってわけでもないし。それくらいの年ならよくされるでしょ?」
「…お前の撫で方は姉上とは何か違う。どこかねっとりとしてて嫌な感じだ…」
「し、失礼な…」

割とグサッときた。
頭を撫でただけで随分と失礼な少女である。
少しばかし特殊な性癖の私でも、こんな年端の行かない少女に邪な気分を催すようなことはしない。
第一、今の私は琴乃ちゃん一筋である。

…あるのだが、

そういえば昔、操と胸のさわりっこをした時(ほぼ私からの一方通行)にも似たような事を言われたような…。
温泉に行った時に脱衣所でジョーンのパイをガン見した時もたしか…。
オーリガさんと背中の流し合いをした時だって……お清さんともよく考えてみれば……。
あれ?私って、今も昔も大して…。

(人はそう簡単に変われないんだねぇ…)
≪結論は結局それか≫

もうこうなったら開き直って頭を撫で回し尽くしてやるか。
そう私が決意を固めようとした時、

「ッッっ…」
「姉上!」

意識を取り戻したらしい女性にかけよる少女……って、私、この二人(姉妹と思われる)の名前聞いてなかったっけ。

「姉上、しっかりして下さい!」
「…いやいや、意識自体は失ってはいなかったでござるよ。なんとか少しでも回復を早める為にひたすらじっとしていたのでござる」

思わず力が抜けてしまった。完全に意識を失っていたかと思いきやそうでなかった事も驚きだが、赤髪の美女の口から零れた妙な口調のせいでそんなのはどうでもよくなってしまった。

…ござる。

今度はそうきたかぁ。
どうしてこう私が出会う真打武者ってまともなキャラの人が少ないんだろう。
たまには私みたいな、ごく普通の落ち着いた人物にもお目に掛かりたいものだ。

(…ごめん、言ってて虚しくなりました)
≪自覚はあるんだ≫

私が静かに落ち込んでいると、少女に支えられて体を起こした女性がゆっくりとこちらへ視線を向けた。

「…拙者、風魔小太郎と申す者。こちらは拙者の妹の凛。先ほどの助太刀、まこと感謝の極みでござる。宜しければ、武者殿の御名を尋ねても宜しいでござるか」
「姉上…ではなくて、頭領。前にも申したでしょう。その口調は似合いませぬ…。というかなんかヘンです」
「何を言う出でござるか。偉大な先代の背中に追い付くは未だ困難なれど、拙者達には悠長にしていられる余裕はござらん。ともすれば、まずは形から入るのが第一歩でござる。これは一人の忍びにとっては小さな一歩でござるが、風魔にとっては偉大な一歩でござる。これでいいのでござるよ」
「だからそれが良くないと言っているのです!むしろ後退しそうではないですかっ!」
「なんだか随分元気そうね…」

ってちょっと待って。

風魔、小太郎?

「あー、えっと、私の名前は大塚信子。今外に出ている私の劒冑は村雨っていうの。……それにしても驚いたわ。まさか風魔小太郎が現存しているなんてねぇ。本物かどうかは私には確かめようが無いけど」

小太郎(仮)が「ほう、あの」と呟きながら僅かに目を細めたのに対し、少女の方は眉間に皺を刻みながら私に怒りの眼光を浴びせてきた。

「なんだと!?頭領は、」
「まぁまぁ。大塚殿は拙者と羽黒山が、紛い物にメッタメタのケチョンケチョンにリンチされてる所だけを御覧になったのでござる。このザマで拙者が風魔小太郎だと申した所で、わぁい本物だすげぇや!なんて反応が得られる道理は無いでござるよ」
「…あぁ、姉上が口を開く度に風魔の大事な何かが加速度的に失われていくような」
≪…御堂、この姉妹どうするの?≫

外で周辺を警戒している琴乃ちゃんからの呆れたような金丁声。
正直な話、只者では無いだろうという初期の印象が、気を抜くとタンポポの如く風に吹かれてどこぞに飛んで行ってしまいそうな心境なのだが、それはそれとして、わざわざ戦闘に介入してまで助けた二人をここに放置して立ち去るわけにもいかない。

「ひとまず熱田行きの前に、貴女達をどこか安全な場所に避難させる方が先かな」
「何?」
「熱田…でござるか?」

姉妹漫才に花を咲かせ続けていた二人が、凛ちゃんは引き締まった、小太郎(多分)は鳩が豆鉄砲を食ったような表情でこちらを見つめてきた。忍びならば少しは感情を隠した方がいいのではとも思うが、これも相手を油断させる為の演技……なのかどうかは分からない。

「なんと。大塚殿も熱田を目指しておられたでござるか」
「も?」
「頭領!」

どうも素の反応だったらしい。
となると、凛ちゃんの反応は小太郎の言葉の裏付けということでつまり、

「貴女達も熱田に行くつもりだったの?」
「で、ござる」
「…頭領。命の恩があるとはいえ、我々に関する情報を軽はずみに明かすわけには参りません!」
「妹さんによると、劒冑を取り返して逃げてきた途中という話だけれど」
「妹は凛とお呼び頂いて結構でござるよ。詳しい話は移動しながらにでも」

姉上!と、凛ちゃんが目を三角にして抗議の意思表示をしているが、姉の方はどこ吹く風。
どっこら、と、小太郎が傷付いた体を重たげに立ち上がると、すかさず凛ちゃんが支えてくる。とりあえず姉妹仲は良好のようだった。
腋の下に頭を潜らせていたせいで、凛ちゃんの顔の半分がぐむっ!と小太郎の胸に沈む。私も琴乃ちゃんの胸で一度やってみたかったなぁ。

「……頭領、また何を言っているのです!詳しい話などする必要は!」
「凛、いいでござるか?今の拙者達だけでは今日中にここを離れるのはいささか危険でござる。凛の湯殿山に道中斥候をさせるのは良いとしても、今の羽黒山は拙者を運べるような状態にあらず。小柄な凛もまた然り。であるならば、ここは命の恩人たる大塚殿に更に借りを作るのが得策でござるよ」
「今の私達には借りなど増やしている余裕は……」
「そこはそれ。ほら、拙者達は卑しい忍びでござるから。借りを作るだけ作ったらトンズラすれば万事おっけーでござろう」
「まぁ、頭領がそういうならば…」
≪本人の前でなんちゅー話しとんじゃ!≫

私が呆気に取られていると、思わず琴乃ちゃんが乱入してきた。

「とりあえず…ここをさっさと離れましょうか?」

私からの提案に、二人と一匹はコクコクと頷きを見せた。

 

夕焼けの空の下、私達は森の中の道無き道をひたすらに踏破していた。街道は六波羅の目がある為、当然使えない。
凛ちゃんの湯殿山は、先行して周囲を警戒しつつ熱田までのルートの確保を担当している。凛ちゃん自身は私達の前を行き、湯殿山からの金丁声を受け取りながら慎重にコースを選別していた。いやほんと、幼いのに大したものだ。
羽黒山は私達からつかず離れず、木々の間を音もなく移動中。甲鉄は現在も修復中だが、いざという時は劒冑の本分をきちんと果たしてくれるに違いない。とりあえず自立行動が可能な状態で助かった。
琴乃ちゃんは背中に小太郎を背負って私の横を歩いている。

木々が密集した藪は体力を奪われやすいけれど、そこはさすが忍者の卵と言うべきか。劒冑の助けも借りて凛ちゃんはグングン進んで行く。劒冑がコンパス代わりになる為、藪漕ぎ中に方角を見失わずに済むのは非常に助かった。
藪漕ぎの中でもイバラ道登りは個人的に特に嫌いだったのだが、厄介な箇所は湯殿山がある程度搔き分けてくれているらしく、思っていたより苦戦する事は無い。イバラの中で怪我人を抱えたまま身動きが取れなくなるなど、御免被りたいので何よりだ。

尚、大型の野生動物との遭遇については凛ちゃんと湯殿山が注意しているそうだが、さすがに毒蛇や蜂までは対象外だそうで。
まぁ噛まれたところでここいる全員が武者なわけだから、大事には至らないと思う…多分。だ、大丈夫だよね、琴乃ちゃん?

「で、一緒に熱田へ向かうのはいいけれど、行くあてはあるの?その傷で野宿はキツいと思うけど」
「一応、話しの通してある宿は確保済みでござる」
「へぇさすが忍者だねぇ」
「最盛期と比べれば、今や勢いは地に落ちてそのまま潜ったっきり出てこれるか怪しい我等でござるが、一応僅かながら手勢もツテも残っているでござる。これも先代がギリギリの所で踏ん張ってくれていたおかげなのでござるよ」
「…頭領、地に落ちたなどと軽々しく口にするのは…」
「事実だからどうしようもないでござろう。今は過去の栄華を偲んでいる時ではござらぬ」
「……」
「事実は事実として受け止めて、今をヒーヒー頑張るしかないでござるよ」
≪せめて前向きに、とか一生懸命、とかもっと言い様があるような…≫
「村雨殿はやさしいでござるなぁ。真打と言えば生前の自我はほとんど失われるのが常と聞いたでござるが、村雨殿には中々どうして当てはまらぬ様子。生前はさぞかし腕の良い鍛冶師でござったのだろうなぁ」
≪いやぁそんな事は全く無かったのだけど…というか研師だったし。でも悪い気はしないね≫
「うんうん」
「思い出せば武者形のあの造り、拙者にも少々劒冑の心得が有る為、関鍛冶の系統に類する物であるとはお見受け致したでござるが…。しかしあの西洋劒冑のような合当理に、レーサークルスのような母衣…斯様なまでに斬新な構成を取りながらも、その力は実に強豪。いや真に見事見事」
≪いやぁ≫
「うんうん!」
「どうでござるか、村雨殿。これも何かの縁と考え、いっそ風魔の御神体となってみるのは。末代まで大事に崇め続けることを確約するでござるよ」
「いや待てよ」
「何を仰いますか頭領!風魔の至宝は先代が纏った月山こそ失われたものの、我等には頭領の羽黒山と、私の湯殿山が残されているではありませんか!」

小太郎の発言に対し、私と凛ちゃんが間髪入れず同時に抗議の声をあげた。
プンスカと怒りを表す少女の方はまだ可愛いものだったが、私の方は完全本気のガン飛ばしモードである。

「…く、空気が読めないというか、凛に冗談が通じないのは何時もの事でござるが…そんな、大塚殿まで拙者を睨まないで欲しいでござる…。いやほんと、マジで怖いでござ…ひっ!」
「…こと村雨に関しては私に冗談は通じないので宜しく」
≪胸張って言う事じゃ無いかもしれないけど…でもそんな御堂がカッコいい!≫
「惚れ直すでしょ」
「バ、バカップル?」
「何か言った?」
「いえ何も!」

ちなみに賑やかな会話に花を咲かせているようで、その実ボリュームはきちっと落とされていたりする。さすがに皆器用であった。
しかしそんな中で、

「空気が読めない…。私は姉上にそう思われていたのか…」

…凛ちゃんだけが一人落ち込み続けていた。ドンマイ。

 

それから数時間。
石だらけの沢を攀じ登るのも武者として足腰の鍛えられた私にはそこまで苦ではなかったが、凛ちゃんの方は齢十一の体で一行の先頭を行くのだから末恐ろしい。しかし、小太郎は琴乃ちゃんの背からよくずり落ちないものだ。
なんだかんだでここまでは特にアクシデントらしいアクシデントも無かったが、強いて挙げるなら、途中、苔むした倒木を渡る際に凛ちゃんが足を滑らせかけた事くらいだろうか。さすがに今度は後ろから抱えても文句は飛んでこなかった。まだペタンコ。

これまでの道中は、街道の類の使用は基本的に避けてきたのだが、そこはさすが六波羅というべきか。地形的に迂回しにくく、植生も薄めなエリアで街道に検問を敷いていた。しかも武者付きで。
…無理に検問を避けて迂回するならば大幅なタイムロスになりかねない絶妙な位置での検問だった。

湯殿山からの報告を受け、私達は検問からかなり離れた林の生い茂った場所(距離は、検問の監視を木の上に登った劒冑の目を借りてようやくギリギリ可能かどうかといった程度)で一時的に作戦会議を開くことにした。

"劒冑狩り夜叉"の警戒は当然として、風魔姉妹の劒冑強奪の件(二人に言わせれば取り返しただけなのだろうが)も既に手が回っていると見るべきだろう。検問の厳しさは相当なものと考えられる。
しかし熱田を目指しているという情報まで六波羅に察知されているはずはないので、ここ一箇所に警戒が集中しているという事は無い…と思いたい。
私や琴乃ちゃんだけならどうにでもなるけれど、風魔姉妹の、特に怪我人の小太郎を連れてとなるとちと厄介だった。

というわけで皆で思案した結果が、

「信号欺瞞に光学欺瞞?」
「で、ござる」
「ああぁ…またそんな簡単に明かして…」
≪劒冑の"目"と"耳"を欺けるんだ。戦場では出会いたくない陰義だなぁ≫
「…大した劒冑だわ。貴女が本物の風魔小太郎ってようやく信じる気になってきたかも」

こういった絡め手の陰義を戦闘中に使用された場合、イレギュラーでも起こらない限りまともに立ち向かってカラクリを暴くのは困難である。
もしも私が戦場で対峙していたらならば、果たして如何なる手段で対策を取るか。
氷鎧で攻撃を耐えた瞬間に相打ち覚悟で強引にハンマーを振るうか。いや、対手は風魔小太郎の名を受け継ぐ相州乱破。いい加減な捨て身戦法の通じる相手と考えるのは愚の骨頂。
やはり霧を作り出すのが定石か。あれならば、光学と信号の欺瞞に関係なく対敵の位置を捕らえる事が出来る。
問題はやはりジョーンの時と同じく。
相手がこちらを初見ならば、視界を封じてから冷静な判断力を取り戻される前に叩き砕く事も不可能では無い。むしろ村雨にとってはお得意のパターンの一つでもある。
しかし熟練した武者が、かつこちらの陰義の正体を予め知り得ているならば、合当理が轟かせる爆音や熱源からこちらの突撃を察知、迎撃する事も可能だろう。
実際の所、現在は村雨という武者は有名とまではいかないまでも、大和では少々名の知れた武者の一騎となりつつある為、相手によってはこちらの能力を把握している可能性もある。実際、この間のオートクレールのように何度かそういった手合いと太刀打ちした経験もあるのだ。

≪でもさすがに熱源探査は誤魔化せないよね?≫

琴乃ちゃんの金丁声が私を思索から呼び戻す。

「そこなんでござるよなぁ」

小太郎は琴乃ちゃんの背に身を預けながらポリポリと頭をかきつつ思案顔をしている。

「武者と言えども四六時中気を張らせているのは難しいでござろう。この辺りは交代の人員も少なく、一人が担当する時間も長いでござろうし。まして、熱源探査のような補助機能などそうそうしょっちゅう行うモノではござらん」
「がしかし、今は"劒冑狩りの夜叉"の件がある故。神出鬼没の夜叉殿を警戒して、常よりも熱源探査に気を配る事を通達されてる可能性大でござる」
「探査範囲が信号探査より狭いのに賭けるか…」
≪最新の陸戦型竜騎兵の熱源探査は、真打のそれを圧倒する精度を誇るって以前聞いたような≫
「どの道あまりここで時間をかけたくはないねぇ。今は戦闘現場から離れてとにかく熱田の街中に入ってしまう事を優先させないと。森を彷徨ってる内に探索の手がこちらまで伸びたら面倒どころの話じゃないもの」
「賭け時は正に今でござるなぁ」

結局、私一人が旅人を装って検問に向かい、武者や一般兵がこちらに注意を払っている隙に、残りの三領と二人が陰義の隠蔽効果でこっそりと移動する事となった。相手が熱源探査を使うかどうか、使ったとして、探査の網に琴乃ちゃん達が引っかかるかどうかはほぼ運任せである。
自分が墜とした武者達の内、合当理が凍結されていた連中の残骸が見つかっていれば、風魔姉妹に協力者がいる疑いを持たれる可能性があり、自分が無関係の旅人を装えるかは怪しくなってくると思ったのだが、これは小太郎が否定した。なんでも、六波羅は一時奪った風魔の真打の陰義をまだ把握していないとのこと。乱入武者・村雨の存在は、少なくとも今はまだ秘匿されているというわけだ。勿論、時間の経過で骸の検証が進めばその限りでは無い為、とっとと先を急がねばならない。

迂回組みのルートは傾斜的に道と呼べる程上等では無かったが、劒冑の地形踏破能力の前には問題では無い。風魔姉妹は凛ちゃんも湯殿山にしがみついて移動させることで対処した。

羽黒山と湯殿山は正直かなり反則的な凄さの陰義かと思ったが、自らも含めて複数の対象に陰義の効果を授けるのは、非装甲状態でも極々短時間しか可能ではないらしい。どちらかというと、自分は身を隠して陰義に集中、特定の一人の相手を隠蔽させるのが本来の用法なのだという。
ただでさえ負担の大きい陰義を凛ちゃんはともかく、怪我人の小太郎に行使させるのはリスクがあったが、代案が特に上がらなかったのだから仕方が無い。

そして。

結果的にこちらの心配は杞憂に終わった…かどうかは分からないが、とりあえず全員無事検問を突破する事には成功した。いよいよ熱田は目前だ。
余談だが、以降の道中もこんな感じである。

「そういえば頭領、先代に追い付くべく形から入ると仰っていましたが、正直申し上げて…ちっとも喋り方は似ていないような…」
「しかし凛、拙者が"ほっほっほ!"とか"困ったのう!困ったのう!"と言い出すのもどうかと思うでござるよ。女人の風体をした翁の真似をする女人とかなんだかややこしいでござる。もう只の女人で良いでござるよー」
「"タダの"では困るのです!相手には只者に非ずと必要以上に警戒させて、逆に調子を狂わせ隙を生ませることこそが目的なのですから!」
「いやいや、むしろ只のマヌケなお気楽くの一に過ぎんと油断させてプスリの方が拙者もやりやすいでござる。小太郎の名を襲名したとはいえ、一から十まで先代を模倣する事も無いでござるよ。凛、良いでござるか?大事なのは柔軟性で…」
「形から入ると言ったのは頭領でしょうっ!!!」
≪で、本音は?≫
「…拙者も年頃の乙女でござる。老人言葉はさすがに…」
「姉上ぇえええええぇぇぇええええええええええ!!!」
「どうでもいいけど、やっぱり小太郎は元気だねぇ」
≪ほんとにこの人怪我人なのかなぁ≫




熱田入りは夜陰に乗じて速やかに行われた。
昼間に人ごみに紛れて潜入する方が安全かつ容易だが、今回は場合が場合であるので仕方が無いだろう。怪我人の小太郎を旅館で休ませる必要があった為、野宿して昼まで待つわけにもいかない。
熱田を訪れるは初めての為、出来れば頭の中に地図を描いておきたかったが、辺りは暗く、気配を殺すことに集中し、更にちょっとした人数で緊張の中移動したので、正直どこをどう進んでいるのか定かでは無かった。
琴乃ちゃんの方は地理的データの収集を既に開始しているはずなので、明日辺りは琴乃ちゃんとの装甲通信を密にしながら探索を行っておこう。

「夜というのは確かに忍び易い側面もあるでござるが、警戒状態の人間にとっては昼間よりも気配に敏感になる為、時と場合によってはむしろ危険なのでござる」
「確かにね。さっきから静かなはずなのに、ピリピリした空気が伝わってきて仕方が無いわ」

これもやはり劒冑狩りの夜叉を警戒しての事なのか、あるいは何か別の理由があるのかは定かでは無いが、夜間の警備が思っていたよりずっと厳しい。
こんな時間に怪我人を背負った劒冑など見られては無事では済まないので、移動には細心の注意が必要だった。

「まぁそうは言ってもそれで見つかるようでは、かつて小田原は北条家に仕えた風魔忍軍の名折れ。ここは一つこの小太郎に、ガレーキープにでも乗ったつもりでビシッと任せて欲しいでござるよ!」
「うん、まぁその…なんだろう」
≪私に背負われながらドヤ顔決められてもちょっと…≫
「案内は私の湯殿山で十分ですから、姉上はどうかじっとしていて下さい…」

声を殺しながらも凛ちゃんが小太郎を叱る。
凛ちゃんは小太郎の軽口に呆れている様子だが、私は彼女の意図を察していた。
熱田に入ってからいよいよ凛ちゃんの緊張が著しい。任務における目標達成間際の気の弛みの危険性を、幼いなりに強く意識しているのかもしれない。
無論弛まれても困るが、かといってガチガチになられるようではつまらないミスを誘発する恐れもある。
妹への軽口には頭領としての、そして姉としての気遣いが含まれているのだろう。先を行く凛ちゃんからは幾分か肩の力が抜けていた。




件の旅館とやらは、当たり前であるが、街の中にひっそりと溶け込んでいた。
木造三階建ての渋く風格のあるこの宿泊施設が、よもや風魔忍者と繋がりがあるなどとは確かに考えにくい。
玄関へ入ると、直に女将さんと思しき女性が「お待ちしておりました」と出迎えてくれた。傷だらけで劒冑の背に乗った小太郎を見ても顔色一つ変えない。
こちらの現状に対し余計な口は一切聞かず、私達は三階の奥部屋へと案内された。
土間風の入り口から中に入ると、既に布団が敷かれていた。…二人分だけど。まぁ私は急な参加だしね。
枕元には新品の包帯や傷薬等が用意されており、私と凛ちゃんは早速小太郎の手当てを始めた。

手当てを終えた辺りで仲居さんがタイミングよくお茶と簡素な食事を持ってきてくれた為、小太郎は布団の上で上体を起こし、私達三人はお茶を啜りながらようやく一息をついていた。

「普通に良い部屋だねぇ。なんだか拍子抜けしちゃった」
「ここは六十年前の創業当初から我等とは協力関係を結んでいる」
「ぶっちゃけ、元はウチの人間が始めた旅館なのでござるよ。似たような施設は全国にいくつかあるでござる。今となっては諜報の類での協力関係は一切無いでござるが、こうしてこっそり泊めさせてくれる程度には付き合いが続いているでござる」
「だからそう軽くぶっちゃけないで下さい!!」

またお馴染みのやり取りが始まりそうであった。
道中からそうであったが、小太郎も怪我の割りに元気そうで一先ずは何よりである。
そろそろ頃合かな。

「さて」

私の一言に姉妹が反応し、二人揃って視線を向けてくる。

「助けた縁でここまでは同道したけれど、熱田にも着いたし、そろそろ私は失礼させてもらおうかな」

凛ちゃんの視線に鋭さが混じり出す。

「そんな顔をしなくても、貴女達について誰かに情報を漏らすような真似はしないわ。それじゃなんの為に助けたか分からないもの」
「…」

凛ちゃんの表情に緊張の色が増した。何かを悩んでいるようにも見受けられる。

「ここまでの事は心から感謝している…本当だ。けれど、ここからお前を出すわけにはいかない…」
「凛ちゃん…」

苦渋を滲ませながら凛ちゃんが声を絞り出す。
姉の小太郎はと言えば、静かな顔で妹の様子を見守っている。何を考えているかは窺えない。

「私達にはこの熱田でどうしてもやらねばならない事がある。それを遂げるまでは、少しでも不安な要素は取り除いておきたい…。お前がここにいれば、少なくとも今私達が熱田に潜伏している情報が外部に漏れる心配は無くなる」
「一体、この熱田で何をしようとしているの?劒冑を六波羅に奪われていた事と何か関係が?」
「それは…言えない」
「…」
「…この旅館にいる限り安全は保証する。身勝手は承知の上で、頼む」

凛ちゃんが小さな頭を畳に擦り付けるように下げた。
少なくとも、こんな小さな子にさせていいような事では無い。
しかし困ったな…。私にもこの熱田で目的がある以上、この旅館で宿泊生活を満喫するわけにもいかないのだが…。うーん、凛ちゃんをどう説得したものか。
と、私が悩んでいたそんな時、

「凛」

小太郎は静かな、しかし強い口調で凛ちゃんを呼んだ。

「と、頭領…」
「道中は冗談でああは言ったが、まさか本気で恩を仇で返すわけにもいくまい」

口調だけでは無い。
その身から発する雰囲気もまた、これまでの小太郎のモノとはまるで異質であった。
抜き身の刃の如き鋭さに、柳の如きしなやかさが同居しているかのような、そんな強さが彼女からは感じられた。
初めて見る本気の風魔小太郎に、私はやや圧倒される。

「大塚殿」
「あ、はい」

小太郎はスッと私へ顔を向けると、先程の凛ちゃんと同じく、深く頭を下げた。

「妹のご無礼を、どうかお許し下さいませ」
「無礼だなんて」
「また、この度は姉妹共々命をお救い頂いたのみならず、ここまでの道中を御同道頂き、真に感謝の極み。この小太郎、伏してお礼申し上げる次第にございます」
「いえそんな、私達が勝手にやった事なので…」
≪ねぇ…≫
「大塚殿には大塚殿の目的がお有りの様子。つきましては、大塚殿には今夜一晩当旅館で旅の疲れを癒して頂き、明日ご出立なされるというのはいかがで御座いましょうか」
「りょ、了解で御座いますです…」

と、私の了承の言葉を聞いた途端、小太郎はふにゃっと表情を緩めてしまった。

「うむ!ではそういうことで。凛も、分かったでござるな?」
「はい…」

うーん…。そんな必要は無いのかもしれないけど、凛ちゃんを見てるとなんか罪悪感…。

「それと、大塚殿」
「え、何?」
「先程も申したでござるが、我等は大塚殿には御恩があるでござる。大塚殿の熱田での目的とやらにもし必要であれば、何時でも我等の力をお使い下され。当面の間我等はこの旅館を拠点に使う故、不在の間でも旅館の人間に言伝を頂ければ、何時でもご協力させて頂く所存」
「し、しかし頭領!」

異議を唱えかけた凛ちゃんを小太郎は視線だけで黙らせる。
しかし協力、か。
正直有り難い申し出ではあるのだけど…。

「気持ちは有り難いけれど、遠慮しておくわ。そちらに差し迫った事情があるように、こっちもこっちでちょっと大事でね。巻き込みたくは無いの」
「差し支えなければ、どのような案件かお聞きしても宜しいでござるか?」

私としては別にこの二人に隠し立てする事でも無いし問題無い。

「劒冑狩りの夜叉」

私の言葉を聴いた瞬間、二人の表情が一変した。
流石に二人も事件の事は知っているようである。
私は話を続けた。

「最近この熱田周辺を奴が騒がせてるって話を聞いてね。その事件の調査をしに来たの」
「調査…」

小太郎は自分で口にした言葉を吟味するかのうように、思案顔をしている。

「大塚殿は武者でござるな」
「ええ、そうね」
「先程劒冑狩りの夜叉の調査と仰られたが」
「ええ、それが?」
「相手は既に何騎も武者を殺害してのけた剛の者。大塚殿が事件に首を突っ込み続ければ、あるいは調査だけでは済まぬ恐れもあるでござる。場合によっては大塚殿ご自身の身に危険も」
「分かっているわ。調査とは言ったけれど、夜叉が犯行を続けるならば、そこには当然武力の行使も含まれる」
「状況によっては夜叉の殺害も止む終えなし、と」
「…そうよ。出来れば避けたいとは思っているけどね」
「ふむ…」

再び思案顔になった小太郎だが、やがて顔を上げた。

「大塚殿、少々前言を翻す事になるのでござるが…」
「…と言うと?」
「先程は大塚殿を無理にお引止めするような事は避けるつもりでござったが、今さっき、大塚殿にお頼みしたい案件が出来たでござる」
「…」

私は無言で続きを促す。

「大塚殿…いや、村雨殿。実は御貴殿に、とある人物の殺害を依頼したいのでござる」
「頭領、まさか!?」

またもや異議を唱えかけた凛ちゃんだが、小太郎はやはり視線だけで黙らせた。

「本来は拙者の手を汚すつもりでござったが、拙者は見ての通りの状態でござるし、妹はまだまだ未熟。道半ばで果てるかと思われたあの森で、噂に聞く村雨殿と出会ったのも何かの縁と考え直し、恥を承知でお頼みしたいのでござる」
「…一体誰を、何故?」

小太郎は茶を一杯軽く口に含み、舌を湿らせてからゆっくりと言葉を発した。
部屋全体が締め付けられるような緊張で包まれる。

「その者の名を、平居水魚」

聞かない名前だった。

「劒冑狩りの夜叉、と言った方が村雨殿には分かり易いでござろうな」

…劒冑狩りの夜叉。先程私が話した、まさしく熱田にやってきた目的そのもの。
それにしても…風魔小太郎が、近頃熱田を騒がせているあの謎の殺人鬼を標的にするとは…。
一体どうしてまた…。

じっくりと、一言一言を噛み締めるように小太郎は言葉を続けた。

「奴は、月山従三位と同じく我等風魔に伝来する至宝を強奪する為に、里を六波羅に襲わせ壊滅寸前にまで追い込んだ外道中の外道」
「拙者、かの夜叉めの首を先祖の墓跡に供えなければ、死んでも死に切れるものではござらん」
「どうか、お引き受け願いたい」

深々と布団の上で頭を下げる刹那、私ははっきりと見た。

──────夜叉という言葉は、むしろ小太郎の方にこそ似合うのではないか。

出会ってから初めて、彼女の顔を見てそう思った。

 

 

続く


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