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「真装甲仁義村雨 始」後編 その3 [装甲悪鬼村正 SS]

「真装甲仁義村雨 始」後編 その3

 






翌日。
昼の間は旅館で待機し、夕刻近くになってから私達は行動を開始した。
もっとも、凛ちゃんは例によって、会合場所のホテル近辺で待ち合わせをしている例の主従コンビを探しに、一足先に旅館を離れている。

「さすがに昨日とは、街中も人ごみが段違いね」
「熱田祭りのクライマックスを飾る花火大会が、夜には神宮公園で催されるでござるからな。中々見ものでござるよ」
「旅館の人も言ってたね。1000発くらい打ち上げるとか」
「うむ。決して花火の数は多くないでござるが、街中で行う割には周りに邪魔な建物が無いので間近でよく見えるのだとか。好きな者は昼間から場所取りに大忙しでござろう。時に…」
「大塚殿は祭りの方は好まれるでござるか?」
「一人で行くのなら別に。好きな人となら大歓迎だけどねぇ」
「それは祭りが好きというより、好きな相手と思い出を作るのが好きなだけではござらぬか?」
「うん、そうかも」
「乙女でござるなぁ」

街中はお祭りの為か人ごみが多い。
残暑厳しいこの時期ということもあり、道行く人は浴衣やら涼しげな私服やらといった格好で、通りにはどこか和やかな空気が出来上がっている。延期を重ねてまで祭りを行うのだ。みんなきっと今日という日を楽しみにしていたのだろう。

「ところで」

と、私は言葉を切り、ジト目で小太郎の方に視線を向ける。

「なーにが"今となっては諜報の類での協力関係は一切無いでござる"、よ。住所伝えたら一晩でホテルの見取り図を用意する普通の旅館がどこにあるっての!」
「大塚殿、忍びの言うことなんて一々鵜呑みにしてたらキリが無いでござるよ」
「…私達が協力関係を結んでるってこと、もう少し意識して欲しいんだけど」

というか凛ちゃんもすっとんきょんな顔して驚いてたし。
鳩が豆鉄砲を食らうとはああいう顔を言うのだろうか?生憎と私は、そのような鳩の災難を目撃した稀有な経験は無いので照らし合わせることは出来ないが、少なくともそうそう滅多に拝める類の顔で無いことは分かった。…まぁ生真面目な凛ちゃんの性格を考えると、これがこの姉妹の日常という可能性も否定出来ないが。

(今日はこれから一仕事だってのに、ホントに大丈夫なのかねぇ…)

そして思い出されるのは、ほんの一昨日の姉妹の会話。

─────そこはそれ。ほら、拙者達は卑しい忍びでござるから。借りを作るだけ作ったらトンズラすれば万事おっけーでござろう
─────まぁ、頭領がそういうならば…

…。

「ねぇ、これから一仕事する前に言っておくけど、土壇場でヤバくなったらハイさよならってのは簡便だからね?いや、大丈夫だとは思うんだけど一応心配で…」
「ああ、そこは心配御無用。マジでゲロマズな全滅三秒前になった時は拙者、命に代えても大塚殿だけはお救いするでござる」
「ほ、ほんとに?と、とりあえずありがとう。…でもどうせなら、三秒前まで追い詰められるよりもう少し早く助けて欲しいかも」
「…まぁ崖っぷちもそこまで秒読みだと、大塚殿のピンチに拙者の力及ばず、断腸の思いで戦略的撤退を敢行し、いずれ大塚殿の仇をとる機会を得るべく時節を待つことに専念する可能性もなきにしもあ」
「本心の説明、懇切丁寧にどうもありがとう!」

人ごみをかき分けるように小太郎を置いてとっとと前に進みたかったが、それよりも早く小太郎が私の肩を掴んできた。

「じょ、冗談でござる!いざとなったら身一つで大塚殿をお救いするでござるよ」
「別に無理して助けようとしなくてもいいよ。私には村雨がいるもん」
「まぁそう拗ねずに。…大塚殿。拙者達は卑しき忍び。されど忍びにも心あり。命の恩人に仇で返すは外道以下でござるよ(キリッ)」
「そのセリフ、出し所今じゃないよね?もうちょびっと前だよね?」
「お言葉ごもっとも。しかし今のはマジでござる。ちょっと躊躇するけど思わずつい小太郎の名に誓っちゃうくらいマジでござる」

躊躇するんかい!てかついってなんだ!

「いやぁ、"つい"にするか"間違って"にするか数瞬悩んだでござるよ~ってそうじゃなくて。いやほんと、身一つでこの小太郎、なんでもしちゃう」
「…なんでも?」
「なんでも」

改めて小太郎の姿を眺める。
今でこそ旅館で借りた市井に溶け込む格好に身を包んでいるが、その中身は出るとこ出まくりのお色気忍者。つまりくのいちだ。…つまり"けしからん"くのいちだ。
ゴクリ。

「色仕掛け…とか出来るの?」
「色仕掛けでござるか?拙者の色仕掛けは女性限定でござるよ?」

ズルッ!
と、思わずコケそうになったが、なんとか脳内だけに留めておく。
なんでだよ!

「選り好みするなよ!卑しい忍びはどこいった!むしろ贅沢でしょ!」
「いや、そこはほら。拙者頭領だし」
「なにその権力の無駄遣い!?余裕無い発言はどこ行った!」
「…大塚殿、忍びの言うことなんて一々鵜呑みにしてたらキリが無いでござるよ」
「少しは信じさせてよ…」

私達の会話の内容は所々不穏であったが、木の葉を隠すならなんとやら。人目を避けるより群集の中の方がかえって喧騒に紛れて丁度いい。
傍目には世間話をしているようにしか見えない様子の私達なので、周囲には程よく溶け込めていた。

雑談を続けていると、私は不意に背後に気配を感じた。それは小太郎も同様だったようで、私達は目配せしながら肩越しに視線を背中へと向けた。
ふらっと背後に現れたのは、勿論凛ちゃんだった。

「ただいま戻りました」
「ご苦労。首尾はいかがでござるか?」
「今から案内いたします。こちらへ…っとその前に」

凛ちゃんは私と小太郎に小さな包みを渡した。受け取ると、なんだか柔らかくて温かい。食べ物かな?

「これは?」
「屋台の人間がくれた。わたしは遠慮したのだが、今日は特別だというので断れなくてな。待ち人がいることを伝えたら更に二個もくれた…たませんというらしい」
「たません?これはまだ食べてなかったかな」
「その口ぶりでは既にローカルフードにはチャレンジ済みでござるな?こちらは海老せんべいでソースやマヨのかかった薄焼き卵をはさんだ…って、焼きそばにチーズにツナ…トッピング全部乗っかってるでござるよ!?さすがの拙者もこれは初体験…ハフハフ、あちち」
「どれどれ…はむ。うん、熱々サクサクで美味しい!」
「う~む。これだからB級グルメはやめられぬ…」
「喜んで頂いて何よりです。では、このまま参りましょう」

私と小太郎はたませんをモグモグと頬張りながら、背丈が低くて雑踏に紛れがちになる凛ちゃんの後をのんびりと追った。
うんうん。一仕事の前には英気を養うのも大事大事。

 

凛ちゃんの向かった先は、大通りに面したそこそこ広い喫茶店。
一般大衆向けの店だからというのと本日が祭りというのもあり、店内は相当に賑やかだった。
通りを離れた細道のどこぞの建物の三階にある小さな茶店でこっそりと、などと言うよりは、こんな騒がしい店内の方が私達の会話もかえって盗み聞きされにくくて都合がいい。

「自分はこれで」

と短く呟くと、凛ちゃんは自然な足取りで再び人ごみの中に消えていってしまった。
私と小太郎が店内に入ると、その特徴故か、大鳥主従のコンビは直に見つかった。
店員に待ち人の件を伝えると、私達は問題なく彼女達の待つ席へと向かう。
挨拶でもしながら落ち着いて着席しようとすると、不意に香奈枝さんは手を前に出して私の言葉を遮った。

「…ご挨拶の前に一つ。お二人共、わたくしが手を上げるより先によくこの席を見つけられましたわね」
「え?いや、まぁ…髪の色、とか」
「バスケースとか」

小太郎も私に続く。大鳥主従の特徴は私と凛ちゃんで小太郎にもしっかり伝えているので問題無いはずだった。

「あとは、うーん、身長、も、かな?」
「…それはつまり、わたくしが大柄だとおっしゃりたいのかしら?」

震えながらこめかみをヒクつかせた香奈枝さんは、怒りを堪えていること丸分かりな歪んだ笑顔で言葉を絞り出す。

(やば、地雷踏んだ!?)

「いやいや、大塚殿は大柄と述べたいのでは無く、単に大鳥殿は座高がひときわ高いだけだと…」

うわっ!!この馬鹿くのいち!地雷をこっちに放り投げるな!!

「そ れ は つ ま り こ の わ た く し が 短 足 と 仰 り た い の で ! ! ? ? 」

糸目の向こうで、怒気を孕んだ香奈枝さんの瞳が紅く輝いたように見えたのは、あるいは私の目の錯覚なのだろうか。…あまり自信は無い。ひーん(涙)。

「お嬢様、体格ネタに過剰反応するのはそろそろいい加減になされた方が宜しいのでは。これからのお嬢様のトレンドは年齢ネタでございます。グレーどころか完全アウトな話題でございますが、いかなお嬢様といえど一発ネタだけで業界に生き残り続けるのは困難かと…このさよ、謹んでご忠言申し上げます」
「…ふふふ。この店のコックの腕は信用しても宜しいのかしら?味はともかく鮮度には自信のあるお肉を提供出来そうなのですけど」
「あの、そろそろ座ってもいいですか…」

懐から黒光りする何かを取り出しかけていた香奈枝さんが動きを止める。
気を取り直すかのように紅茶に口をつけると、彼女は改めて、穏やかな微笑を浮かべながら私の方へ顔を向けた。
…例によってバスケースから何かが伸びかけていた気がするが、気のせいと思っていた方が身の為だろう。

「ごきげんよう、信子さん。そしてお隣の方が噂の…小太郎さん、ですわね?」
「昨日はどうも」
「お初にお目にかかるでござる。あ、ついでに妹の失礼もこの通り」

ペコリ、と小太郎は小さく頭を下げた。昨日の香奈枝さんとのやり取りが記憶に新しい私には、とてもじゃないが真似できない軽さだった。

「お気になさらず。今はこうして協力を結んでいることですしね。それにしても…」

ただでさえ糸目の香奈枝さんが、更に目を細めながら小太郎を眺める。

「本当に、よく似ていらっしゃること」
「ですからお嬢様、さよめの言った通りでございましょう?」
「ええ、確かに」

似ている?何のことだろう?

「香奈枝さん、似ているというのは…」
「ああ、それは」
「大方先代のことでござろう?」

答えようとする香奈枝さんに小太郎の言葉が被さる。
表情を消して黙り込む香奈枝さんに対して、小太郎は相変わらず飄々とした態度のままだ。

「小太郎?」
「何、大したことではござらん。数年前に先代が出稼ぎに出向いた先の村に、こちらの大鳥殿がGHQの巡察官として視察しに参られただけのこと。で、ござるよな?」
「ええ」
「小太郎殿は」
「ああ、ご心配なく。拙者、大鳥殿に対して含む思いは誓って一切ござらん。それは筋違いというもの」
「では、全て御存知と受け取って宜しいのかしら?」
「運良く先代の部下は生き延びた故、大体の顛末は。…まぁだから今すぐどうこうしようという気は無いでござる。拙者にそんな役は務まらぬし、何よりいらぬ敵を増やしそうでござるからなぁ」

小太郎は香奈枝さんに対して肩をすくめながらウインクを送った。香奈枝さんは意味深に笑みを深めるも、私にはさっぱりだ。

「承知しました。なんだか小太郎さんとは実りのある関係が築けそうです」
「是非とも」
「それで、これからのことなのだけど」
「ええ、それについては信子さん…はい、これを」

香奈枝さんは傍らに座るさよさんから紙袋を受け取ると、それを私に差し出してきた。おずおずと受け取る私。

「これは」
「昨日の男の部屋から押収した物の一つです。中の確認は、ホテルに入ってから適当な階のお手洗いでご確認下さいましね」
「用途は何?」
「参加チケット、だそうです。再三に渡って確認したので間違いは無いかと」
「了解。でもこれ、もしかして一人分なの?」
「わたくしの分は別に確保してあります。残念ながら二つしか押収出来なかったので、さよと小太郎さんの分まではご用意出来ませんでしたが…」
「拙者の方は心配御無用。ホテルの構造は頭に叩き込んである故、拙者は拙者の方で勝手に」
「結構です。ではここで一つ提案。協力関係を持ちかけておいてアレですが、ここから先、会合には各々が独自に潜入して情報収集を致しましょう。昨日今日で作戦練ってチームワークを活かそうだなんてちゃんちゃら可笑しい話ですし」
「参加チケットを用意してくれただけでも十分よ。それに私、団体行動は苦手なの」
「あ、拙者も拙者も」

風魔の頭領がそれでいいのか。…GHQに属していた頃もある私が言えたことでは無いが。

「では潜入出来た方の情報を共有するということで宜しいかしら。あ、一応さよにはバックアップとしてホテルでの退路の確保をお願い」
「畏まりましてございます」

 

話し合いはごく手短に終わった。
店を出る時間はバラけさせようということで、まず先に大鳥主従が退席し、それから15分ほど小太郎と雑談を交わした後、私達も店を後にした。
通りに出ると、小太郎は私に一度小さく頷いて、そのままホテルとはまるっきり反対方向の人の流れの中に消えてしまった。

≪どうするの?≫
(せっかくお膳立てしてもらったんだもの。私達は"参加チケット"とやらで堂々と入らせてもらっちゃおう。私が下手な小細工なんかやらかすと、チケットを持たない小太郎の潜入の邪魔になりかねないし)
(村雨の方こそ、潜り込むのは気を付けてね?相手が相手だもの。武者による警戒位は当たり前と思って行動しないと)
≪合点。見取り図は記憶してるけど、いざという時は外で待機しちゃおうかな≫
(外って?)
≪ホテルの外壁にでもへばり付こうかなぁって≫
(村雨がそれで問題無いなら異論は無いけど…)

琴乃ちゃんが劒冑となって少なからぬ月日が経過したが、仕手である私が琴乃ちゃんを呼ぶと、よほどの事が無い限りは即座に傍に現れてくれる。
人目を避け、欺き、正に神出鬼没としか言い様が無い劒冑の隠密性(琴乃ちゃんはそれほど得意では無いと言ってはいるが)は、改めて気にしてみると相当に不思議の塊である。
壁にへばり付くって…まぁそれでもなんだかんだで見つからないんだろうけどねぇ。

 

大通りを数分歩くと、やがて目的のホテルに到着した。
この辺りでも有数の高級ホテルというだけあり、昨日のホテルとはまるで規模が違う。
広い敷地は木々と塀に囲まれ、中の様子は窺えない。門をくぐって正面玄関を目指すと、いかにもな高級車が次々と止まり、身なりのいい人々がホテルへと入っていく。
いつも通りの私服で来たことに後悔し始めていたが、今更言っても始まらない。腹を決めよう。
ホテル内に入ると、数階ほど上まで吹き抜けとなった広々としたロビーが目に飛び込む。
用があるのは、16階から上にあるVIP御用達の特別フロア。
まずは昇降機で15階まで上がる。香奈枝さんから預かった参加チケットを確認する必要があった。
昇降機から降りて近くのお手洗いに入ると、素早く個室に入り鍵をかける。

(村雨、いる?)

念を入れて、直接言葉を発するのは止めて置く。人にしろ機械にしろ、どこで誰が聞き耳を立てているとも限らないからだ。

≪待って、もうすぐ≫

──────。

二十秒ほど経っただろうが。
私は琴乃ちゃんの気配が濃くなるのを感知した。
個室のドアを開けると、目の前には琴乃ちゃんがちょこんと鎮座して私を見つめている。
さすがに個室の中は狭くて入るのは止めたようだった。
人が来るのを警戒して私は入り口に目をやるが…

≪大丈夫。ここに近付いてくる人は私の熱源探査に引っかかるから≫
(お願いね。ところで、香奈枝さんからの預かり物は?)

私が尋ねると、琴乃ちゃんは無言で頭を上げて口を開いた。サッと手を伸ばして紙袋を取り出す。
包みを開いて中を見ると、仮面舞踏会にでも使うかのような洒落た仮面が一枚入っていた。…これが参加チケット、ということなのか。
早速鏡を見ながら仮面を着ける。特に何の感慨も無かった。それよりもこれから先への緊張感の方が強い。

≪やっぱり私は外で待機してるね≫
(呼んでから来るまで少し時間がかかったように感じたけど、やっぱり?)
≪客、ホテルの従業員、その他姿こそ他の人間に紛れてるけど、警戒ポイントにはしっかり人員が配置されているみたい。13階辺りからは明らかに警戒がキツくなってきてる。ここから上はさすがに突破するのは難しいかも≫
(分かった。いざとなったら"あの"パターンでよろしくね)
≪小太郎や香奈枝さんはいいの?≫
(下手に気を回して足の引っ張り合いになったら嫌だし。それに、あの連中は心配するだけ無駄だよ、きっと)

……。
……とはいうものの。

(やっぱり少し意外かな)
≪何が?≫
(わざわざ自分でテストまでした香奈枝さんが、私に仮面だけ渡して後はお好きにどうぞ、だなんて)
≪言われてみれば確かに。でも昨日今日でチームワークには期待出来ないってのも尤もな話だと思うけどなぁ≫
(まぁねぇ。ただ少なくとも、私の有用性は最低限見出したみたいだし、あるいは…)
≪あるいは?≫
(いや、どの道この件を人任せにするつもりは無いからどうでもいいよ。さ、行こ行こ)
≪合点。何があっても、御堂には私がついてるよ≫
(ありがと!やっぱり頼りになるのは自分の劒冑が一番だねぇ)

お手洗いを後にして昇降機に乗り込むと、間もなく琴乃ちゃんの気配が遠ざかった。
あるいは他の客と鉢合わせになるかと身を硬くしていたが、幸い昇降機の中は私一人だ。仮面を着けた客にも出会うかと警戒していたが、少し拍子抜けである。
昇降機はあっという間に一つ上の16階へと到着する。
ドアが開くと、そこに広がる光景に、私は仮面ごしに僅かに驚いた。

なんとそこにいる全ての客(せいぜい10人程度だが)が仮面を着けたまま談笑していたのである。

この階より上は、ホテルの中のホテル、所謂クラブフロアという奴だ。私もかつては仕事柄、そう多くは無いけど利用したことがある。
怪しまれない程度に視線をゆっくりと動かすが、誰も私には目を向けては来ない。
老若男女、少なくとも誰もが皆相当の金持ちだということが伺える雰囲気を漂わせる中で、安手のコートに身を包んだ私が浮かないはずが無かったが─────────

(!?)

不意に背筋を寒気が走り抜けるが、なんとか震えるのだけは堪えた。
直に振り向くのは止めて置く。かまかけとも限らない。
16階のクラブフロアは、ここより上階のチェックイン・チェックアウトを行うスペースでもある。
ラウンジはゆったりと広く、客が腰を休めることの出来るスペースも多い。
私はそれとない仕草で窓側の椅子に座り、自然な体勢でエレベーター側に体を向けた。
すると、

(…いた)

昇降機脇。ドアからは微妙に死角になりきらない位置で、長身の女が壁に背中を預けて、腕を組みながら油断無く沈黙を保っている。
金髪、白人、整った顔立ちに眼鏡をかけ、白い男物の礼装に身を包んでいる。腰にはサーベルだ。どう見たって「私玄人です」といった雰囲気びんびんである。
が、一番に気になった点はそこでは無い。

…仮面を着けていないのだ。

先程私に向かって放たれた静かな、けれど刺すような気配。
恐らくは彼女が"門番"なのだろう。昇降機から降りる人間の仮面の有無をチェックしていると察せられた。
また昇降機が開く。今度は若い男女がやってきた。勿論両者共に仮面を着けている。
二人が数歩進むと、男の方がビクッとなりながら後ろを振り向くが、白服の女の姿を認めると、ホッと安心したようにまた歩いていった。
…どうも気配を飛ばされたのは私だけでは無いようだ。既にここにいる人達の中にも、先程の男のように女の冷たい殺気に驚いた人がいるのかもしれない。

(反応しなかったことがかえって怪しまれたかな…)

いや、中には先程の女性のように鈍感な人もいたはずだ。この段階で私が疑われている可能性は……ああ、この格好からして怪しいか(涙)。トホホ、先が思いやられるねぇ…。

 

30分ほど経っただろうか。ラウンジには20人ほどの人が集まっている。窓から見える景色はそろそろ日が沈みかけていた。
当初の私の心配は既に若干薄れて始めている。
ラウンジにはスーツ姿の人間もいれば、和装を着こなす人や六波羅、GHQの軍服に身を固める者もいるし、私のように無頓着に私服でやってきた人もいる。しわしわの白衣にボロ仮面を着けた奴なんかどうにも胡散臭い。

(私が浮いているというより…)

このホテルに対して、この空間こそが浮いていると言えた。どいつもこいつも、失礼だけどどこか変人じみた空気を纏っている。会話の内容はさして聞き取れなかったが、それでも雰囲気は察せられた。
また昇降機がやってくる。
…今度はラウンジの全ての人間が昇降機のドアに注目していた。私も慌てず周囲に合わせて視線を向ける。

「同士シグリッド、時間だ」

ドアから現れたスーツ姿の男は、やにわにそんな言葉を口にした。
白服の女性同様仮面は付けていない。白人、年齢は50近い。…ちょっと待って、あの顔…どこかで見た覚えが…。
男の言葉はラウンジの誰でも無く虚空に向かって放たれたように見えたが、意外なことに反応は男のすぐ傍らから発せられた。

「アウグスト博士」

男を呼んだのは、壁に背を預けていた白服の女性だった。
博士と呼ばれた男の背後から、これまた白服を着た体格のいい男二人がぬっと出てくる。

「菅区長」
「ご苦労だった。お前達はここに」
「「はっ」」

菅区長というキーワードも気がかりだったが、それ以上に"アウグスト"という名を聞いた瞬間、私の顔が驚愕に彩られる。…仮面を着けていてつくづく良かった。

(アウグスト!?アウグストって、まさかアウグスト・ヒルト博士!?)

GHQ時代に資料で見たことがある。
アウグスト・ヒルト博士。
先の"大戦"で滅んだ統合独逸連邦の医学者。
大戦時には、コンツェントラツィオンス・ラーガー、所謂強制収容所に、極めて大量の白蝦夷達を閉じ込め、非人道的な人体実験を繰り返していたとされている。
彼の残した多くの研究データは、国連の大規模破壊兵器"ガジェット"の開発にも活かされたという。
私の読んだ資料では既に死亡していると記されていたけれど…。

「シグリット君、相変わらず君は美しいなぁ!」
「頭蓋骨が、でしょう」

白服の女性…シグリットはにこりともせず、眼鏡を上げ直しながら冷ややかな声を発した。

「無論だとも。…しかし惜しいね。頭蓋骨の15種類23個の骨達は非常にデリケートだ。君のその整ったパズルも僅かな原因で歪むことは十二分にあり得る。クルセイダーにしておくにはつくづく勿体無い」
「我が誇りへの侮辱は聞き流しましょう。そんなことよりも博士、そろそろ時間なのでは」
「承知しているさ。…同士諸君!本日はよく集まってくれた。今日の為に奥の特別ラウンジを貸し切ってある。さ、行こうか」

集まった人間は大方把握したが、仮面ごしとはいえ、香奈枝さんや小太郎と思われる人物は見つけられていない。
小太郎はともかく香奈枝さんは、一応大手を振ってここには入れるはずなのだが…いよいよ私の予想が現実味を帯びてきたかもしれない。

(小太郎にはどこかに来ているといいんだけど)

平居水魚とは面識の無い私では、彼女がここにいるかどうかさえ確認出来ないのだ(あれ、女でいいんだったよね?)。
である以上、小太郎はほぼ間違い無くここに潜入してくるはずだと踏んでいた。
アウグスト博士を先頭に奥へ進むと、そこには豪奢な入り口の前に更に二人の白服の男が佇んでいた。
先程博士はシグリットのことをクルセイダー、つまり西洋武者と呼んだ。となると、他の四人の白服達も武者である可能性は高い。秘密結社の会合で要人警護を任されているのだ。四人とも相当な使い手と見ておいて間違いは無いだろう。
特別ラウンジに入ると、中は明かりが消されており、カーテンも閉められていた。分厚いカーテンごしに漏れるオレンジ色の光のおかげで、真っ暗闇というほどでは無い。
アウグスト博士が前に出る。

「では、同士シグリット。まずは君から報告を」
「はい」

シグリットがやや前に進み出る。

「五日ほど前ベーリング海にて、和鉄及び聖銀甲鉄の極秘輸送を担当していた輸送艦が、所属不明の竜騎兵部隊に襲撃を受け、当騎士団の竜騎兵一個中隊がこれを迎撃」
「おおっ、見事撃破したのかね?」
「…見事撃破されました」
「えー」
「博士には既にご報告済みのはずですが」
「まぁね。しかしせっかくだから皆の驚きの感情を代表してみようと思ったのさ」
「そうですか」
「で、だね。所属不明の竜騎兵部隊に襲撃されたのは私も聞いているんだが、そこの所の調査は進んでいるのだろうか?」
「はい。ほぼ裏が取れました。博士のご推察通り、やはり例の傭兵集団によるものかと」
「武帝だよなぁやっぱり。かろうじて発見された武者の遺骸からは、焼かれた跡も無ければ弾で穿たれた痕も無い。どれも共通して、刀剣の類にて甲鉄を斬り破られた傷しかないときている。今時そんな豪傑部隊なんて、君の所の騎士達か武帝くらいなものさ」
「………」
「ま、今はもう別ルートを経由して調達量は十分な域に達している。当初の仕様書の要求は満たしているし、問題が無ければ来月下旬には鍛造に入る予定だ」

おおっ、という声があちらこちらから上がる。一応私も口パクだけ合わせておいた。

「おっと、そうだ。教授、保管されている"彼"の具合はいかがかね?」

薄暗闇の奥から、今度はよれよれの白衣を着た痩せ男が出てきた。

「はい。例によって生物的活動は停止したまま。理論的には金属内に精神を宿したままのはずですが、ご承知の通りそれを計測する方法は今以て不明です。どの道自発意思はほとんど失われているでしょうが」
「うん、期日まで丁重に保管していてくれたまえよ。でないと後で同士にどやされるのは私なのだからね。まぁその心配はほぼ無用なのだろうが、友としての責務は果たさなければいけない。で、話を戻すのだが」
「シグリット君、彼等に依頼した勢力の洗い出しはどうなっているね?」
「調査中です。候補はいくつか挙がっていますが、どれもさしたる脅威にはなり得ない小組織ばかりです。計画の本筋まで察知した組織は皆無と思われます。あぶり出しが終わり次第、こちらの方で処理する予定です」
「うん、宜しく頼むよ。…では武帝の方はどうかな。彼等はどこまで掴んでいるのだろう?」
「複数のダミー情報が彼等の網にかかった形跡がありますが、本筋まではまだ踏み込まれていないかと」
「まだ、ね」
「ええ。彼等が構築した情報網は恐ろしく綿密です。彼等の機動戦力が脅威足り得るのも、そのきめ細かな情報サポートがあってこそ。無論、竜騎兵自体の練度も破格ではありますが」
「結構。では、引き続き調査をお願いするよ」
「はい」
「さて、では次の案件だ。実はこちらの方が今日の本題だったりする」

「第三種被検体0004号。世間的には劒冑狩りの夜叉と呼ばれている彼女についてだ」

………。

「定期的な調整が必要とはいえ、ようやく実戦テストが可能な段階まで漕ぎ着けた。ここ三ヶ月ほどはいくつかの地域にて短時間ながら戦闘も経験させている。…あぁそうそう。その過程で、彼女の強い希望もあって面白い付録を手に入れることが出来たのだが、それについてはまた後で。当面の問題はGHQだ」
「つい先日も、野外実験でのデータ収集中にGHQのクルセイダーによる襲撃を受け、それなりの被害を被った。被検体4号も負傷して一時行方不明になっていたのだが、襲撃者から身を隠している所をなんとか保護することに成功した」
「例の巡察官か」

暗がりの中どこから声がする。

「そうだ。これがまた中々しつこい女性でね。皆も尻尾を掴まれた挙句に首を刎ねられないように注意して欲しい」
「弓聖の写しを駆るGHQのクルセイダー、でしたか」
「シグリット君、気になるのかね?」
「割と。噂は随分前から聞いているので。機会があれば、私の贋作聖劒にて挑んでみたいと思っていました」
「君が菅区長に就任する時に大和を希望したのもそれが理由かな?」
「その一つとだけお答えしておきます」
「そうか。しかし君が、まさか挑戦者の立場を取るとはなぁ」
「敵と認識した相手を侮るのは二流の愚行です。侮れば確実な"死"によって射抜かれる、それが今代の贋作弓聖かと」

…GHQのクルセイダーというのには一応覚えがあったが、照らし合わせるにも手持ちの情報が少なすぎたので今は置いておこう。弓聖の写しというのは中々聞き捨てならない言葉ではあったが。それに…聖劒だって?

「ふむふむ。…おっと、話がそれてしまったね。それで保護した被検体4号…ヒライマナ君なんだが、今はここ熱田にある秘密工廠にて調整中だ」
「件の御神体とやらとの結縁は済んだのかね?その為の実験、その為の被験体ではないか」
「熱田の妖甲は分け身ともう一度合一することを望んでいるんだろう?何故被検体との適合率は芳しくないのだ」
「実験の副作用で情緒が不安定というのもあるのだが…彼女がまた色々と複雑でねぇ」
「…経緯は聞いているわ」
「まぁこればかりは我々があれこれ言っても始まらんか。急かす理由もないしな」
「ご理解頂き助かるよ。私としても、自ら進んでその身を研究に提供してくれた彼女には、相応の誠意を示したい」

暗がりからまた別の声が複数聞こえてくる。
これまでの話と資料から解読した情報を合わせるに、劒冑狩りの夜叉とはつまり、この秘密結社によって生み出された実験体で、平居水魚はその被験者である、ということか?資料を解読していた時からあるいはという予想はあったので驚きは少ない。
しかし御神体というのは…先日の資料の内容も考えれば、やはり草薙のことを指すのだろうか。
少しずつ全容が見えつつあったが、まだ核心には至っていない。
生身で劒冑を斬り殺す化け物を生み出すこと、そしてその化け物と御神器を結縁させて一体何をしようというのか。

「それで、だね…。最後にその~、おまけというか、もう一つ報告しなければならない案件があるのだが…」

アウグスト博士の声は妙に歯切れが悪い。

「博士、まだ何か?」
「ああ、これはシグリット君にもまだ伝えていなかったね。実は私も今日数時間前に知らされたばかりのとってもホットな話題だ」

「実は…"りんご姫"が脱走した」

「なッ!?」
「馬鹿な!?」

ここまでで一番のどよめきが巻き起こった。そこかしこから驚愕の声や呻きが聞こえてくる。
ざわめきの中で私は冷静に周囲を観察した。ラウンジの空気は明らかに変質し、一気に緊張の度合いが増しているようだった。

「直に回収しなくてはッ」
「しかし部隊を派遣したところで…」
「だがアレのブラックボックスは我々にも未だ解析出来ていない。万が一暴走でも起こしたら…」
「…あーいや、諸君。今の所どうやって回収しようとかは頭を悩ませる必要は無い」
「と言いますと?」
「アレは北太平洋上にある研究施設を消滅させた後、大気圏を突破して星々の海へ旅立ってしまったのだからね」
「………」
「ではあれのブラックボックスは完全に機能していると?」
「研究施設のあった孤島は、文字通り海から消え去ってしまったし恐らくは…」
「どちらにしてもあれは武者です。いかに超越的とはいえ、フリーズからは逃れられない」

ほとんどの人間が声を失う中で、シグリットだけは冷静さに翳りは見られないようだった。

「奴は必要に駆られて必ず……いや、そうではないか。アレが真に武者であるならば、この星に帰って来ないはずが無い」
「何故ならこここそが、"我ら"にとってのパラダイスなのだから」

最後のセリフにはどことなく楽しげに響きが感じられた。

「うーん。搭載されている"りんご"がアレの性能をどの程度引き上げているのか未知数なまま家出されたのが痛いなぁ」
「そもそも研究途中の"りんご"を使うなど私は…」
「しかしあの時点では、第一種被検体0027号の培養実験は頓挫寸前だった。藁にもすがる思いだったのだろう」
「そうは言いいますがね、そもそもオリジナルとなったオヴァムはそこまで都合のいい代物では無いのでしょう?」
「オヴァムですって!?」

話に聞き入っていたせいもあり、思わず大声を上げてしまう!

(しまった!!)

後悔の言葉を頭にならべるよりも早く、周囲の注目が私へと集まる。

「どうかしたかな、お嬢さん」
「………」

アウグスト博士が私の近くに歩いてくるが、シグリットがそれを制する。

「仮面を外しなさい」

気が付くと、私の周囲を六人の白服が取り囲んでいた。どうやら先の四人の他にも暗闇に紛れていたらしい。
私は大人しく仮面を外した。

「見ない顔だね、お嬢さん。私はアウグスト・ヒルト。今日はどなたの紹介でここに来たのかな?」
「名乗りなさい」

まだ物腰の柔らかいアウグスト博士に比べると、シグリットのそれは抜き身の刃のような鋭さであった。

「大塚信子」
「オオツカ…ノブコ…。ちょっと私には覚えの無い名前だね。宜しく、ノブコ君。新しい仲間が健康そうな頭蓋骨で何よりだ」
「武者だな」
「……!」
「筋肉のつき方と身のこなしで分かる。体格だけならば水泳の愛好家で済むが、他の出席者に比して歩法に乱れが無さ過ぎるし、先程から包囲した部下との間合いに気を配っている。過度な緊張で注意を怠ったな」

(くっ!!)

まさか素人への偽装の手抜かりを指摘されるとは思わなかった…。慣れないことをするからこうなるのだが、今更後悔してもどうにもならない。

「ほう!ノブコ君は武者…つまり大和劒冑のユーザーなのかね!私も同士ウォルフほどでは無いが劒冑にはうるさくてねぇ」
「博士」
「もしよかったらノブコ君の劒冑を…」
「博士!!」
「…なんだねシグリット君。今新しい仲間と交流を深めているところなのだ。邪魔をしないで欲しいな。彼女の頭蓋骨に嫉妬するのは分からなくもないが、君とて決して…」
「そんな知恵遅れを見るような哀れんだ目で私を見るのはお止めなさい!ミス・オオツカは単なる侵入者ですッ!!」
「うむ、彼女はただの新入社だろう?」
「…何故特定の気に入った相手に対して貴方はこうも判断力が鈍るのですかッ!!」
「君の考えすぎじゃなくて?」
「…私の判断は信用に足らぬと?」
「分かった分かった…そう怒らないでくれよ…。分かった、君がそこまで言うのなら彼女は侵入者なのだろう。対応は君に任せるが、せめて頭蓋骨は綺麗なままで残しておいてくれよ?」

あーやだやだと煩わしそうに手を振りながらアウグスト博士は後ろに下がっていく。

「…変態が」
「深く同意するわ…」

話の成り行きをほんの少し面白く眺めていた私も、博士の最後の一言で凍りつくハメになった。
あの男は大量の白蝦夷の人達を非人道的な実験にかけて虐殺した、正真正銘のマッド・サイエンティストなのだという事実を改めて思い出す。

≪御堂!≫
(…まだ)

分かってる。この状態が長引くほど逃げるタイミングは遠ざかっていく。琴乃ちゃんの力を借りて脱出するなら今すぐ行動を起こしても遅いくらいである。
しかしまだ。まだなのだ。
私の予想が当たっているならば、必ずチャンスは訪れる。
思い出せ。香奈枝さんは私に何と言っていた?

──────それは直接赴いて確かめます。罠だと言うのならそれはそれで、お待ち頂いた方々を始末するなり締め上げるなりすれば済むだけのこと

私が不覚にもヘマをした以上、この場でこれ以上引き出せる情報は無い。であるならば、彼女が取る残りの行動はただ一つのはず。
そして、小太郎は何と言っていた?

──────ああ、そこは心配御無用。マジでゲロマズな全滅三秒前になった時は拙者、命に代えて大塚殿だけでもお救いするでござる

そう、つまり今が正にその時なわけで………ってあれ、なんかこれには続きが無かったっけ?

──────…まぁ崖っぷちもそこまで秒読みだと、大塚殿のピンチに拙者の力及ばず、断腸の思いで戦略的撤退を敢行し、いずれ大塚殿の仇をとる機会を得るべく時節を待つことに専念する可能性もなきにしもあ…

うぉい!!やっぱ駄目じゃんあのエロ忍者!!ざけんじゃねー!!

「総員、装甲せよ」

いよいよ周囲の緊張が最高潮に達しようとしている。
私を取り囲んだ六人が油断無く構えを取った。

≪どうすんの御堂!≫
(あうあうあー!と、とりあえず凍気スタンバッて!)
≪合点!あぁ御堂の命が吹けば飛び散る風前の灯にィイ!!死ぬときは一緒だからね、御堂!!≫

顔面にはおくびにも出さないまま、内心ではめっちゃ焦りまくる私。
が、

攪乱の定番である霧の生成は、敵の装甲の瞬間が狙い目か。
その瞬間に琴乃ちゃんにはガラスを突き破ってラウンジに突入、私に合流してもらうしかない。
霧が生まれた瞬間、敵は私の行動をどう予測するだろうか。
私が真打武者と知られているならば、ガラスを突き破って窓から脱出する可能性も考慮に入れられるだろう。独立形態の劒冑の力を借りれば十分通る無茶だ。
数打武者ならば、劒冑に独立行動機能が無い以上、今の私はただの生身。16階のラウンジから飛び降りるのはただの自殺行為になる。出来ることと言えば、何時来るかも分からないノロマな昇降機に向かうだの人質を取るだの隠れるだのと、ろくな選択肢は残っていない。
だが今の所、敵は私が武者であるとしか把握していないはずだ。霧が陰義かどうかも即座には判断出来まい。
つまり霧が生まれた瞬間、敵は僅かながら判断を迷うことになるのだ。
そこにきてガラスの粉砕される音。
視界不良の中で敵は、私がとりあえず窓へ逃げたと判断することだろう。深い霧のおかげで、劒冑の金探から琴乃ちゃんを、そして脱出ではなく侵入の証である内側に飛び散るガラスも隠蔽出来る。
装甲するならばその時しか無い。

(よし、作戦終了)
≪…めっちゃ落ち着いてるじゃん≫

そんなことは無いんだけど、それとこれとは話が別なのよね。
瞬きを一度済ませる間に今後数秒間の方針を決定する。
さぁ、後はぶっつけ本番だ。

「「「叡智の父の導きがあらんこ…」」」

「──────そうは問屋が下ろさぬよ」
「ッ!?」

声に反応して私は真上を見上げる。
私の視界に映ったのは、両の手に無数のクナイを握り締めながら天井から舞い降りる小太郎の姿だった。
次の瞬間、私の周囲に向けてクナイが広がるように投げ放たれた。その数、10本や15本ではとてもきかない。
音も無く小太郎が私の正面に降り立つ。
同時に、六人の白服の内二人がドッ、と倒れた。
倒れた者に目を向けると、顔面に5、6本のクナイが深々と突き刺さっている。見れば、同時投擲に用いる為か、クナイの一本一本は薄い造りになっていた。なるほど、強度より投げ数を重視してるのか…ではなく!

「小太郎!」
「さすがは大塚殿。拙者を信じてこんな美味しいタイミングを作って下さるとは。正に真打登場にはうってつけのシチュでござる」
「…え?いや、あはは。そだね、バッチリだねぇ」


顔に冷や汗を浮かべながら答える私。小太郎の戦意は既に十分なようだ。背中ごしにもギラギラとした殺気が伝わってくる。

「それにしても小太郎、一体今までどこに…」
「うはは。やはり大塚殿も気付いてなかったでござるな。実は拙者、大塚殿が乗っていた昇降機の天井裏に潜んでいたでござるよ~」
「えぇ!?」
「これでも小太郎、ちゃんと大塚殿をお守りしようと影ながら奮闘していたのでござる。まぁそこから先の潜入方法は企業秘密ということで。いやぁここの天井は貼り付き易くて助かる助かる」
「天井って貼り付くものだったっけ…」

喜色満面といった様子の小太郎だったが、直に凍てつくような微笑に表情を切り替え、周囲を見回す。

「しかし大したものでござるな。六人中四人くらいは装甲前に始末するつもりでござったが、更にその半分しか仕留められなかったでござる」

残りの四人はというと、上手く回避したのか既に白金の劒冑に装甲している者もいれば、顔面を防御したらしく、両腕にクナイが突き刺さりながらこちらを落ち着いて睨み付ける者もいた。

「装甲済み二人。負傷者は二人で、死傷者も二人。首尾はこんなところでござるよ」
「…首尾だと?」

ピクリ、と片方の眉を上げながらシグリットがゆっくりと小太郎に問いを投げ続けようとするが…。

─────────どこからだろう、弦楽器の流暢な音色がラウンジに響いた。

(この音色は…コントラバス!?)

私の記憶に刻まれているかつて耳にした曲に瓜二つだが、受ける感想はまるで違うものだった。
引き込まれるまでは同じだが、ジョーンの演奏が、聴衆に安心と、まるで消え逝く者達の魂を鎮めるかのような切なさを与えるならば、今耳にしている演奏は聴く者全員に、死刑執行を告げる神意を聞かされたかのような、有無を言わさぬ戦慄をもたらしていた。
いよいよ曲が最高潮に達した時、特別ラウンジの壁が轟音と共に破砕された。
砕けた壁の穴より、重厚な足音を響かせながら現れたのは…

「またまたごきげんよう信子さん。元気してます?」
「…香奈枝さん、なの?」

そのフォルムと、甲鉄色こそ違えど見覚えのある独特の甲鉄の輝き…これは…まさか!?

「弓聖…でも、テルじゃない?」
「ご明察。この劒冑は、かの弓聖ウィリアム・テルの写し。その名も」
「ウィリアム・バロウズ!!」

肝心のセリフは、香奈枝さんではなくその手前から聞こえてきた。

「赴任早々こんな場所で出会えるとはなんという僥倖か…。お初にお目にかかる、バロウズ殿」

感に堪えぬという様子で声を絞り出すのはシグリットだった。
対して、大事な名乗りを邪魔された当人はというと、

「…人の決めセリフを奪っておいて勝手に感動されても困りますわ騎士殿?…名乗りなさい」

とっても怒っていた。

「失敬。…名乗れと仰るならば、若輩なれど是非もなし。しかし我が名を貴女に伝えるならば、この姿のままではあまりに不遜というもの。……出でよ」
「!?」

突如背筋に走る悪寒に突き動かされるように、私は暗闇に包まれた天井を見上げる。
すると─────────

───────闇の中で蠢く双頭の何かが、不気味に目を輝かせながら私達を睨み続けていた。

「"切り裂く鋼"に誓いを立てる」
「一度(ひとたび)觸れたる者は地に倒し、我が秋水に血吸わせん」
「アヴァロンよ、鍛えよ」

天井にいた"何か"が弾ける。いやこれは…劒冑か!!
流暢な大和語を話すと思っていたけれど、まさか西洋劒冑の誓約の口上まで大和語になっているとは…。一体どんな人物が鍛造したのだろうか。
薄暗いラウンジ内に、突風がシグリットを中心に吹き広がったかと思うと、今度は突風が彼女に引き戻されるかのように収束する。
ゴクリ、と私は生唾を飲み込んだ。
双角を備えた頭部、どこか有名な幻想生物を彷彿とさせるような甲鉄に母衣…超然と顕現した姿は闇にあってしかし、圧倒的な存在感を放っていた。
かつてシグリットだったそれが悠然と一歩を踏み出す。
ガチャリ…。
暗闇の中でも釘付けにならずにはいられない。私は金縛りにあったかのように、眼前の神気漂う業物から目が離せなかった。
この威圧感…今しがた目にしたばかりのバロウズはおろか、シュヴィーツの至宝として名高いかの弓聖にすら勝るとも劣らないか!?

「銘はなんと申しますの?」

戦慄に身を硬くした私とは反対に、香奈枝さんの声には微塵の震えも聞き取れなかった。

「本来ならば銘など与えられようはずもない堕甲だが、今はあえて、カリブルヌスと」
「覚えておきましょう。さて、わたくしたちの一体どちらがこれで見納めになるのか…ふふ、胸がワクワクします♪」
「心躍る時間をお約束し致します、バロウズ殿。…では」

カリブルヌスが腰から長剣を引き抜く。バロウズも油断無く右手の剣を構えた。…この間合いでは武者弓の弦を巻き上げるのは自殺行為と判断したのだろう。
状況は正に一触即発。この二騎が激突すれば、こんなラウンジなど一瞬で吹き飛びかねない…。ギリッと、私は奥歯を噛み締める。

「せ、拙者の見せ場がなんだか脇に追いやられたような…」
「そんなこと言ってる場合か!」

空気を読まず気の抜けたセリフを言う小太郎に、私もつられてツッコんでしまったその時─────────

ヒュ~~~~~~ン………ドォン!!!

「おっといけない。そろそろ花火の時間じゃないか」

緊迫した空間をアウグスト博士のマイペースな声がぶち壊す。

「…博士」
「まぁまぁ、君達はどうかそのまま包囲したままで。ノブコ君達もちょっと見ていきなさい。私も去年見たばかりなんだが、これが中々見物でねぇ」

博士が指をパチンと鳴らすと、全てのカーテンが開かれていく。
花火が夜空にパッと輝いた。
16階の真っ暗な特別ラウンジから眺める花火と夜の街並みに感じるものが無かったのかと問われれば嘘になるが、現状を考えれば無茶を言うなと言いたい所だ。

「見えるだろう、あの綺麗な光が献灯まきわらだ。神宮の東門・西門に2基、南門に1基の計五基が設置されている」

え、このタイミングで説明なんか始めるの?

「知ってるでござるよ。たしか一つにつき、365個のちょうちんを使ってあの半球を作っているのだとか」
「わたくしも幼い頃に目にしたことがあります。半球状に組まれたちょうちんの数が一年の日数を表しているのは、そうすることで一年間の無病息災を願う為なのだそうです」
「二人ともよく知っているじゃないか!どうだろう、これが終わったら一緒に見に行かないかね?出店の食べ物は私がご馳走しよう」
「拙者はパス。でーとの相手は女性限定と決めている故(…何故そこで私を見る?)」
「あらあらどうしましょう。こんな緊迫した状況下で殿方からデートのお誘いを受けるだなんて!わたくし、吊橋効果で思わずおっけいしてしまいそう♪」

シ~ン。

「………。さよだったらここでツッコんでくれるのに…信子さんのバーカ…グスン」
「え、なに私?私が悪いの!?」

博士の発言を皮切りに、シリアスなシーンのはずがあっという間に漫才空間に切り替わっていく。無論、博士以外は口漫才に興じているだけで、隙は一つも作っていないが。

「…博士、"これ"は一体どれほどの時間続くのですか?」
「う~ん。1000発打ち上げるはずだから、例年通りなら後一時間くらいは楽しめるはずだよ?」
「………」

うわ…甲鉄越しにめっちゃ殺気が溢れてる…。無言で「そうじゃねーよ」ってオーラ出しまくってるよ…。
なんで博士はあれ浴びて平気なんだろう…?

また次の花火が打ち上がった。
否が応にも目に入る美しい花火の光がラウンジを照らす。カリブルヌスの甲鉄が光を鈍く反射するが、本人は微動だにせずに私達と向き合ったままだった。
そんな時である。

─────────街並みのどこかで大地を揺るがすかのような轟音が響き、私達のいる16階のフロアまで揺れが届いた。

今度こそ一同が街並みに目を向ける。
花火が次々と打ち上げられ、幻想的な光景が夜空に広がる中、私達の視界には同時に、紅蓮の炎を空へと立ち上らせながら爆発する熱田神宮の姿が目に飛び込んだ。

「………」

ラウンジ一同、アウグスト博士まで突然の事態に呆気にとられて沈黙してしまっている。

「博士、あの場所はまさか…」

私達を包囲したままシグリットが小さく呟く。
息を呑んでいた会合の出席者達も、緊迫した糸が切れたかのようにざわつき始め、ラウンジ内が一気に騒がしくなる。
直後、ラウンジに慌しく男が駆け込んできた。

「ア、アウグスト博士!!」
「…一体なんだね?あーまぁそう慌てずに。私までそわそわしてくる。まずは深呼吸して。ヒーヒーフー…そう、はい」
「ヒーッヒーッフー!!で、でででではなくッ!!」
「やれやれ…。で、どうしたんだね」
「き、緊急入電です!!!神宮地下の工廠より、被検体4号が研究中の神器を強奪して現在暴走中!至急応援求む!以上!!」
「………あー確か今日は、適合率を上げる為に、彼女にも試作中の"りんご"を移植する予定だったような…」

ラウンジが一瞬、静まり返る。
神宮地下工廠、神器、強奪、暴走、被検体4号………平居水魚が!?
そんな、今日はお祭りだっていうのに…いけない!!

「くッ」

突然の連絡にも、カリブルヌスを始めクルセイダー達は動揺を示さない。いや、内心ではどうか分からないが、少なくとも包囲の手を緩めるのは期待出来そうになかった。
となると、今が当初のプランを実行に移す時か。

(…村雨。状況は把握してるよね)
≪うん。早く呼んでくれないかと思ってずっとうずうずしてたよ≫
(ならリクエストにお答えして!今すぐここに来て、相棒ッ!!)
≪合点!!≫

炎上する熱田神宮を遠くに捉えたラウンジの窓ガラスが突如凍りつく。
ピシッ…。
かと思うと、今度は氷結した窓ガラスが一斉に弾けた。
悲鳴を上げる出席者達。ラウンジが一気に恐慌状態となった。

≪御堂!≫
「水気入神」
≪合点。水神祈祷!!≫

彼等のパニックはまだ終わらない。今度は濃密な霧が特別ラウンジ全体を包み込んだからだ。

≪おまたせ!!≫
「おっけー!」

琴乃ちゃんが粉々に砕けた窓の外から突入してきたようだ…と思ったのも束の間、この霧の中でも直に私の目の前へと辿りついてきてくれた。

「好機!羽黒山ッ!!」

このタイミングをチャンスと捉えた小太郎も、自らの劒冑を素早く呼び出す。

「迷いの六界、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天人、いざ行かん!悟りの四界、声聞・縁覚・菩薩に仏、いざ行かん!死して生あり生して死あり、死とは生なり生とは死なり、死して十界生して十界 !!…あーくそ!相変わらず長すぎでござるよこの口上!!」

誓約の口上は随分と長いようだったが、小太郎は一息に早口で言い切ってしまう。装甲時の突風が一瞬霧を振り払い、小太郎は羽黒山を迅速に纏う。
凄い…あれだけの量をよく舌噛まずに言えるなぁ…。

「呆けている場合ではござらん大塚殿!さ、早く熱田神宮へ急がれよ!!我等の求めたものはそこにござる!!」
「そうですね、丁度目の前に楽しそうなお相手もいますし、この場はわたくしと小太郎さんが引き受けましょう。お急ぎなさいな、こうしてる間にも向こうの被害はどうなっていることやら」

二人にこの場を預けることには迷いがあった。なんといっても多勢に無勢だ。
が、今は数瞬の逡巡さえも惜しい。

「…うん!行くよ村雨!!」
≪合点!!≫

私は琴乃ちゃんが突入してきた窓まで駆け寄り、一気に飛び降りようとするが、

「ムラサメだって!?」

アウグスト博士の驚愕の声が霧の中から届く。

「では君があの、試作型オヴァム搭載クルス唯一の成功例、ムラサメのユーザーかね!?」

あっはっはっはっは!!!と、どこか螺子が外れたような笑い声が響いた。

「これは見ものじゃないか!さぁ、ノブコ君!早くマナ君の下へ行って上げたまえ!きっと彼女も喜ぶぞぉッ!!」

…貴方は一体何を言っているのか。オヴァムとどう関わっているのか。
そう問い質したかったが、今はグッとこらえる。

「ああそうだ大塚殿。後でコートの襟元辺りを探っておくといいでござるよ」
「ギクッ」
「…?まぁ分かったわ。それじゃ、行ってきます!」
「御武運を、大塚殿」
「が、頑張って下さいましねー!」

私はその身をホテルから投げ出した。

「さ、こんな会合ぶっ壊してやろうでござる!」
「ネタばらしの楽しみは取って置きたかったのに…」

16階から落下しながら小太郎達のそんな声が聞こえてきたが、今は自分に集中しなければ。
私とほぼ同時に飛び降りた琴乃ちゃんに掴まってそのまま跨ると、琴乃ちゃんはホテルの壁面を削って減速。振り落とされないように、私もしっかりとしがみ付く。
向かい側の建物の屋上を一瞬確認すると、琴乃ちゃんは間髪要れずにホテルの壁面を蹴り込んだ。
飛び上がった私達は、緩やかな放物線を描きながら、少ない衝撃で建物の屋上に着地する。

≪装甲は?≫
「出来るなら勿論飛んで行きたい所だけど…」

…けたたましい噴射音に、ぶつかり合う重苦しい金属音。
夜空に目をやると、そこは既に闘争渦巻く血の修羅場と化していた。
片方の勢力は六波羅の数打劒冑。もう一方は、先程私達を取り囲んでいたのと同じ白騎士達だ。
発振砲の照射の直撃を受けた白騎士が、内側から膨れるように爆散する。
数騎による複雑な連携騎航で対敵の照準を攪乱し続けた白騎士達が、遂に己が得物の殺傷圏に敵を捉える。
一騎が発振砲を斬り落とし、もう一騎が敵の首下を一突きで刺し貫く。攪乱に参加していたもう一騎は、果敢にも次の敵へと狙いを定め、高位を取ろうと合当理を猛烈に噴かして、既に空を駆け上り始めていた。
狙撃を諦めた一騎の大和数打も、双輪懸に望もうと太刀を抜き放って追撃する。

…この空を突っ切るのはどう考えても無謀だった。不可能では無いが、多分このまま行くより時間がかかりそうだ。

≪あ、GHQ≫
「うわぁ」

今度は第三勢力の参戦だ…。
天空の戦局は更に混迷の様相を深めようとしていた。
琴乃ちゃんは私を背中に乗せたまま、建物の屋上から屋上を疾走していく。
私の視界の向こうでは、熱田神宮の辺りが激しく燃え輝いてるのだけが確認出来た。

「……」

ふと、小太郎の言っていたことが気になったので、コートの襟元辺りを手でまさぐって見る。
すると、

「あ」

小さな機械の塊が出てきた。
似た物を私も昔見たことがある。

≪どうしたの、御堂?≫
「盗聴用の端末だ」
≪へ?≫
「…自分の分の仮面もあるとか言ってたくせに会合に現れなかったから、私を利用するつもりだったんだろうとは思ってたけど…」
≪そ、それってつまり≫

会合には私だけ潜入させておいて、香奈枝さんは安全場所を確保して悠々と盗聴していたのだろう。盗聴は予測の範囲内だが、まさか私自身に付けられていたとは…。さよさん辺りの仕業だろうか。
ここから先は邪魔になりそうなのでついでにコートも脱ぎ捨てる。

≪うっわ腹立つ!≫
「いいのいいの。言ったでしょ?人任せにはしたくないって。潜入のお膳立てをしてくれただけでも感謝しなくちゃ。…それよりも」

また彼方で、耳をつんざくような爆発音と共に炎が空に膨れ広がった。

「…急ごう。さっきの博士の言葉が気がかりなの。何か嫌な予感がする」
≪合点!舌噛まないように気をつけてねッ!!≫

琴乃ちゃんが駆ける速度を更に引き上げて突き進む。
視線の先、遠く向こうの燃え上がり続ける炎に照らされて、夜空がオレンジ色に染め上がる。
拭えぬ不安を抱きつつ、私はこの先待ち受ける厳しい戦いの予感を感じずにはいられなかった。

 


続く


コメント(4) 
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コメント 4

ユリ

はじめまして、こちらに登場する大塚信子という子が着ているコートは目立たない感じということは男性物の大きくて地味な感じということでしょうか?
また、途中でコートを脱ぎ捨てたとありますが…こちらはビル外で脱ぎ捨てたら強風に吹き飛ばされてしまわないでしょうか?(;_;)
by ユリ (2013-10-14 08:26) 

にしん

>ユリさん
SSへのコメント有難うございます!!とっても嬉しいです!!
そしてお返事が遅れてしまい大変申し訳ありません…。

>大塚信子という子が着ているコートは目立たない感じということは男性物の大きくて地味な感じということでしょうか?
私のかなり大雑把なイメージとしましてはそのような感じです。

>また、途中でコートを脱ぎ捨てたとありますが…こちらはビル外で脱ぎ捨てたら強風に吹き飛ばされてしまわないでしょうか?(;_;)
これまた自分の中の漠然とした状況のイメージとしましては、建物の屋上から屋上を飛び移りながら疾走中にコートを脱ぎ捨てている感じなので、恐らくは思いっきり吹き飛ばされているかと思われますが、信子さんには特に回収するつもりはないので問題はないかな、と。
by にしん (2013-11-03 19:25) 

ユリ

いえいえ、こちらこそご丁寧にお返事を頂きましてありがとうございます><
やはり男性物だったのですね!もしかすると信子さんはこのコートをあまり好いていないのでしょうか?なんだかポケットに両手を突っ込んだり内ポケットを使ったりしている描写がなかったため完全に変装のためだけに着ているのでしょうか?

また、確かにそうですよね…だからこそ危惧していた訳なのです(;_;)
やはり脱ぎ捨てて吹き飛ばされてしまうのですか…もしかすると信子さんはかなり脱ぎにくい状況でしたし、まさかコートの前ボタンは引きちぎったりしているのでしょうか?
強風に今さっきまで着ていたコートが吹き飛ばされていく様が見える訳ですし…彼女はもしかするとこのコートはゴミ程度にしか考えていないのでしょうか?
by ユリ (2013-11-05 15:59) 

にしん

>ユリさん
>もしかすると信子さんはこのコートをあまり好いていないのでしょうか?
コートそのものに強い思い入れがあるということはないと思います。

>完全に変装のためだけに着ているのでしょうか?
コートは装甲仁義村雨における信子さんの基本コスのような感じです。元々は、琴乃の劒冑最終回のなまにく氏が描かれた信子さんがとてもカッコよく、個人的にコートなんて着せてあげたいなぁ~などと思ったのがきっかけです。

>まさかコートの前ボタンは引きちぎったりしているのでしょうか?
状況が状況なだけにそうかもしれません。

>彼女はもしかするとこのコートはゴミ程度にしか考えていないのでしょうか?
消耗品という扱いかと思います。これまでにも色々な修羅場でダメにしてそうなイメージです。
by にしん (2013-11-09 20:00) 

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