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「真装甲仁義村雨 始 後編」 その5 [装甲悪鬼村正 SS]

「真装甲仁義村雨 始 後編」 その5

 

 

 

 

 


慣れ親しんだ浮遊感や、甲鉄越しに伝わる空気を切り裂く疾走感が、私の中の興奮を高めていく。
先に高位を取ったのは私だった。
眼下に広がる炎の海を背景に、レティクルに敵騎の姿を捉えると、純然たる闘争心もまた一気に膨らんでいく。
しかして私の中の感情はうねり狂い、確かな決意によって収束、そして熱量と共に全身を駆け巡る。
右肩に背負った大鎚の重さを確かめるように握り直す。

「まずは小細工抜きの一打。今の私達でどれだけやれるのか、それを確かめる」
≪合点。ガツンといこうね、御堂≫

力まずにあくまで自然体のまま、大鎚を僅かに背面へと引き絞る。
両者の間合いに入るより僅かに前、敵騎の剣形が下段から上段へと変化した。こちらの下へ切り抜けるつもりか。しかし。

「早過ぎる」

剣形の切り替えのタイミングがやや早い。あれではこちらが敵騎の変化を吟味し、対応を練るだけの間を与えてしまう。
…これでは機の奪い合いですら無い。正面から迫ってくるのはもはや、この一合においてはただの障害物に成り下がっていた。
いや、あるいは私の予想を超えた奇策・絡め技を秘して待ち構えているのかも知れない。
だが、今となってはそんなことはどうでも良かった。

"叩き砕く"

剛力を御し、解き放つのに必要な、ただその意志のみがあればそれでいい。それだけで事足りる。

「イグニションッ!!」

振り始めた大鎚が、突如爆炎を噴出させながら急加速する。
草薙は上段の構えからこちらの甲鉄を狙わず、中段にて防御に切り替えたようだった。

「爆・砕ィッ!!!」

インパクトの瞬間に、爆発的な勢いで熱量を筋力強化と大鎚の噴射に集中させる。
限りある熱量は必要最小限に、そして最高の効率を目指して使用していかなけばならない。
間合いに入るまでが合当理に、間合いに踏み込めば即座に身体強化に熱量を割り振らねばならないのは武者の基本だ。

ここで、である。

現在絶好調の装甲状態を維持している私達ならば。
以前とは比べ物にならないほど熱量の運用はより精緻に、そして熱量の変換効率もまた大幅に上昇した私達ならば。
この一打はどれほどの威力になるのだろうか。

…草薙の太刀が一瞬、確かに大鎚の一撃を受け止めた。まるでビクともしない。仕手の怪力に武者の強化が合わされば、どのような化け物が誕生するのかと危惧してはいたが─────────関問答無用!!!

「グゴォァッ!?」

ほとんど競り合いにすらならず一方的に押し切られ、草薙の右肩に大鎚が叩き込まれる。

≪わ、私ってあんなに力自慢だったっけ?≫

(…身体強化に割り振る熱量を衝突の一瞬に極所集中することで、瞬間的だけどオーバースペックを引き出す事が出来た?)

≪御堂、次!≫
「よしッ!」

一合目の分析もそこそこに、私は二合目も再び高位を奪うべく、降下しつつ速力を上げながら旋回、空を駆け上る。
いかに神代の劒冑といえど、村雨は関鍛冶の影響を色濃く受けた劒冑。旋回性で早々遅れをとることは無いはずだ。

≪高度優勢≫
「さて…」

そうして、再び村雨が高位、草薙が下位となって向き合った所で、私はようやく気付く。

「!?」

甲鉄錬度は中々のものと感じられたが、打撃の感触には確かな手応えがあった。
必殺とはいかないもでも、かなりの深手のはず─────────だがしかし。

確かに右肩から胸部の半分までが爆ぜるのを目撃したはずだった。少なくとも右腕丸々は吹き飛んでいなければならない損傷である。
だというのに、迫り来る敵騎の状態は、双輪懸を開始する以前の無傷の姿へと戻っていた。

「地上での太刀合いの時と同じ…。村雨、あれが奴の陰義なの?」
≪陰義であるのは間違いない。でも、何時だったか熱量加給の陰義で治癒力を上げてる敵なんかもいたけど、草薙はそれとも違う感じがする≫
「治癒そのものが陰義であるとか?」
≪断定はまだ出来ない。とにかく今は油断しないで≫
「勿論よ」

とはいうものの。
先程の渾身のジャストミートですらああも綺麗に修復されてしまっては、生半可な攻撃を繰り出すわけにはいかない。
問答無用で村雨の最大威力をぶつける手もあるが、陰義を最大規模で発動させるとなれば、相応の消耗を強いられる。その上でまたもや修復されては目も当てられない。もう少し草薙の騎体性能を見極める必要があるだろう。
ならばまずは。

「適当に削りに行こう」
≪合点。熱量を無駄遣いさせてやるんだね≫
「…あの仕手が一体どれだけの熱量を保有してるかは想像もつかないけどねぇ」

そして二合目。

「ぬぅおあああああ!!!」

平居水魚の絶叫が空に響く。
再度両者が得物を構えて突撃し合う。

「ッッ」

息を呑む私。
二騎の構えは共に上段。戦形そのままならば、互いに相手の下を狙う形となる。
だが草薙が間合いに飛び込んできた瞬間、私は上段の構えをそのままに、騎体の上下を反転させて敵騎を迎え撃つ。

「正宗直伝"霞返し"」
「ガッッッ!!??」

首を吹き飛ばす腹積もりだったけれど、草薙が直前で身を捻った為、左肩上部から首筋付近までを抉る形に留まった。
修復自体は造作も無いのだろうが、衝撃と痛覚が効いたのか、草薙は速力を失って直下へと墜落していく。劒冑はともかく仕手には、一合目のダメージの感覚がまだ残留していたのかもしれない。

「旋回後、追撃するよ」
≪合点≫
「………」

…先程の二合目。草薙は騎航速度も剣速も、一合目のそれを更に上回っていた。
霞返しは咄嗟の判断だったのだ。噴射無しの単なる打撃では、間違い無くこちらが一方的に斬りつけられていた。
尋常ならざる仕手の身体能力に劒冑の強化、そして毒入りの大業物。
ただの一撃すら被撃は許されないと思っていた方がいい。
ここまではまだ私が押しているように見えるが、その実、戦況は依然として予断が許されない。

≪御堂!≫
「!!」

追撃態勢に移ろうとしたその時、落下中の草薙の合当理に火が点り、村雨から離れるように低空を駆けていく。

「やはり速い。…いや、さっきよりも、か」
≪ごめん、私の足じゃ追い切れない。戦域から離脱される≫

旋回性には自信のある村雨であったが、低空での加速力も相当に高い。
そんな村雨が、低空を騎航する草薙に追いつけないと言う。
村雨から伝わる波には滲み出る悔しさが感じ取れた。

「大丈夫。どの道、そのまま逃げるってわけでも無いだろうし」

草薙は強烈な速力をそのままに、空を疾走りながらゆるやかに高度を上げていく。

「私達も高度を取り直そう。こんな所にいたままじゃ話にならない」
≪合点!≫

村雨も草薙を追うように空を翔ける。太刀打ちを始めてからこれで三合目。今度は向こうが高度優位を奪った。…そろそろ仕掛けてくる頃合か。
ここまでの対敵の騎体運用を観察して私が得た感想は、一言で言えば"初乗り"である。自分の劒冑が、何を、どこまで出来るのか、それを測るように操っているのが見て取れた。まぁ今回に限っては私達も似たようなものだけども。
だがそれもこの辺りまでだろう。
次はいよいよ本腰で来る。
出来ればあまり騎体に慣れさせる前に決めたかったが…致し方無い。

≪敵騎反転。降下態勢≫
「来たか…。よし、こっちもしかけよう」
≪やるんだね?≫
「打たれてばかりで敵はイラついている。流れを引き戻そうと躍起になっている今こそが狙い時!!」

通常、どんなに回復に優れた劒冑でも、絶命した仕手を蘇らせることは不可能である。それが武者の限界なのだ。
平居水魚が回復出来たのはあくまで、劒冑の恐るべき治癒力と共に、心臓を潰されても絶命せずに耐える信じ難い生命力を、彼女が持ち合わせていた為である。その、はずだ。
けれど平居水魚の肉体には限界がある。過剰な出力に体がついていかないことを、私は既に知り得ている。
故に、急激な修復の連続、自壊を厭わない轟剣、陰義を伴う大技。これらを誘発させ続ければ、必ずどこかに無理が出る。
これは非常に危険な綱渡りである。私はあの異常な治癒に綻びが生じるまで、敵の手の内を明かさせ続け、それにひたすら耐え抜かなければならないのだ。

「ねぇ、お姉さん。以前ね、ボクにこう言った人がいたの」

平居水魚の声は不自然なまでに平静だった。

──────世界は個人を殺しても許される。けどさ、個人が自分の為に、世界を殺すのが許されないって、一体誰が決めたんだ?

「それを聞いて、ボクはボクの好きにすることに決めたの。ねぇ、お姉さんはどう思う?ボクは許されないの?救われないの?ねぇ、どうして?」
「関係無いよ」
「…何?」
「世界が許さないんじゃない」

「──────私が許さないだけ」

…………………。

「…そう」
「やっぱりお姉さんも、ボクを救ってはくれないんだね?なら…」
「………」
「なら、死んじゃえよォォォオオオ!!!」

苛烈な憤怒がそのまま、金丁声に乗って私に届く。肌が粟立つ。
平居水魚。
全ての武者を殺すと誓った彼女は、同時に、今すぐ自らが死という罰を受けることも望んでいた。
矛盾する二つの願いを抱えるのは、既に彼女の心が狂気の虜と化しているからなのか。
彼女は武者である私を殺したい。しかし武者である私に、世の大義にそって断罪されることも求めている。
冗談ではなかった。私は世の大義とやらを掲げるような器では無い。
これは単なる"武者村雨"の独りよがりな戦いなのだ。

「平居水魚。貴女の独善が世を乱し、悲劇を生み続けるというのなら、私の独善がそれを砕く。貴女の狂気は、この空でお終い」
「フザケルナァアアアアアアア!!!!!!!」

大真面目よ!!

≪敵騎の熱量の増大を感知!間違いない!陰義だよ!!≫
「噴射爆砕撃で迎え撃つッ!!」
≪合点!!≫

嵐が巻き起こった。
明らかに自然のモノとは違う、急激に発生した巨大な竜巻が、四方から私へと押し寄せる。
甲鉄が、母衣がガタガタと震える。捕まれば一巻の終わりだ。騎体ごとバラバラに引き裂かれるだろう。

≪強力な上昇気流の発生を確認!≫
「積乱雲?」

山のような雲が遥か上まで一気に立ち昇っていく。
このまま草薙と衝突するならば、あの積乱雲の中でということになる。
積乱雲は、最高部から最低部までの高さが一万メートルを超えることもあるという。
視界の向こうで、時間を早回ししたかのように雲が膨れ上がる光景は、正に圧巻であった。

「突っ切る!」
≪氷鎧鍛造!!≫

急激な加速が開始された。
間一髪、巨大竜巻の交差を潜り抜ける。
村雨は積乱雲へと突入した。

──────雲内放電、来る!!

果たして私の予想通り、眼前が眩いスパークに包まれる。

「アベンジ・ザ・ブル──────ッッッ!!!」

周囲に撒き散らされる氷鎧が、網の目のように発生した雷に砕かれる。
最高速に達した村雨は、またもやギリギリのところで致死現象から逃れることに成功した。

(捉えた!!)

「都牟刈、八重垣、奴を喰らえぇぇええええッ!!」

二刀流!?
構うものか!!
この局面まで温存してきた村雨の超加速。この走り、この速さは知るまい、平居水魚。
武者の常識を打ち破る走りは、何も草薙の専売特許というわけではないのだ。

「おおおおおおッッ!!」

極大出力で小型の合当理が点火され、大鎚から強烈な炎が噴射された。
草薙の二刀が怪しく輝く。詳細不明。今は忘れろ。
刹那、私は己の目を疑った。
草薙の二刀が──────伸びた?
刀身が長く、薄く変形したかと思うと、鞭のようなしなりと共に振るわれる。剣閃がまるで見えない!!

(だが既に)

太刀打ち間合いはこちらが制した!!

「ゲボォアっ!!??」

炸裂する一打。
衝撃はしかし、通常の騎航から放たれた一合目より鈍い。
眉をひそめているゆとりは無い。
草薙の胸部は目に見えて分かる重度の損傷だった。
陰義による大技の行使。この瞬間ならば、修復までに僅かな遅れが生まれる!!

「今よ村雨!」
≪合点!!≫

力無く弛緩した草薙を弾くと、私は更に高度を上げていく。

≪高度優勢!!!≫

──────勝機!ここを逃せば勝利は無い!!

「村雨、根こそぎ奪い取れッ!!」
≪氷刃…鍛造!!≫

草薙が生み出した積乱雲を構成する、その成分の大半は水である。
敵騎の陰義は先程の現象を見るに、あるいは水分にまで干渉出来るのかもしれなかったが、噴射爆砕撃を受けたこの瞬間は違う。
今この空間の"水"を支配するのは村雨であった。
巨大な積乱雲が、大鎚に収束していく。

「御霊刀・村雨丸、顕現!」

鍛造と同時に周囲の雲が霧散する。
極低温の巨刀が、月明かりを浴びて密やかに輝いた。

「仕る!!」

熱量の余力を残した状態で村雨丸を鍛造、高位も奪った。
後は最大戦速で駆け下り、限界まで稼いだ速度を一撃に乗せるのみ!!

「もう一弾!!」

降下しながら村雨は、周囲の雲を自身にかき集め、瞬く間にに氷鎧を生成する。

──────逆襲の青洸、再び。

天を切り裂き、村雨は爆発的な騎航で草薙に突撃した。

「示現流、一之太刀」

最速の騎航に必殺の一刀。
水面の如く静まり返った心が、ただこの一太刀を極限まで研ぎ澄ます。
態勢を立て直す直前の草薙は、騎体の向きをこちらに向けたのみ。ろくな防御の準備も終えていない。
よしんば準備を整えた所で、敵騎の甲鉄は未だ修復が半端なまま。村雨丸の一刀ならば十分に斬り破れる。

「キェェエアアアア!!!!」

─────────だがしかし。

「!?」

ひび割れた草薙の甲鉄に僅かに村雨丸がめり込む。ただそれだけだった。
一合目はおろか、先程の噴射爆砕撃にすら大きく届かぬ結果に、私の頭は混乱する。

(あり得ない…。信じられない堅さもそうだけど、打ち合う毎にまるで違う手応え。敵騎の甲鉄錬度が上昇している?そんな馬鹿な!)

やむ終えず村雨丸の形成を中止。草薙を置いて空を駆け下る。まずは距離を取ると共に、再度速度を稼ぎ、双輪懸に挑まねば。

「村雨」
≪間違い無い。草薙は甲鉄錬度を操作してる。手応えが違うのは、陰義の調整に仕手がどんどん慣れていってるからだよ≫
「可能なの?そんなことが。…いや、そうじゃない。不可能を可能にするのが陰義。大事なのは、」

「草薙は一体幾つの陰義を有しているのか」

≪一つや二つってレベルじゃない。竜巻や雷、不死身に近い再生力、異常なまでの甲鉄強化、変形する太刀…もっと他にもあるのかも。これ等が全く別の陰義だとしたら、制御を司る心鉄の負担は凄まじいなんて話じゃない。あり得ないって叫びたいくらいだよ≫
「まだ幾分かあり得る話になるとしたら?」
≪…それぞれの現象が、単一の陰義によって成し遂げられていたら。これなら制御系の効率も格段に違うはず。じゃあそもそも何を操ってるのって話な訳だけど≫

敵の性能を見極めるなんて話では無くなってきた。
草薙が新たに能力を見せる度に、むしろ私達の混乱は増して行く。

≪敵騎も降下開始!背後から来る!≫

一先ず草薙の陰義の考察は置いておく。まずは目の前の脅威に対処しよう。

「!!」

上空から迫る敵騎と村雨を中心に霧を生成する。
衝突直前で目標を見失った草薙が、私のすぐ横を突き抜けるのを感知した。

「こんなものでェエエエエエ!!!」
「くっ!!」

草薙を中心として烈風が吹き荒ぶ。
村雨の陰義によって生み出された霧の結界が一瞬にして消し飛んだ。

「あぁあああああああ!!!」

至近距離からの猛烈な突風が私を襲う。騎体操作の自由を失いながらも、私は千切れそうな四肢を必死に縮めた。
遂に耐え切れず、もみくちゃにされながら私は後方へ大きく吹き飛んだ。
不意に風が止む。

──────まずい!!

「そこかアアアア!!!」

私が左手を正面にかざすのと、草薙がその口から猛火を吐き出すのはほぼ同時であった。
極低温の鎧を全身に纏った村雨に、灼熱の業火が襲い掛かる。

「グッ、グゥウウウウウ!!」

村雨が鎧を生成する一方で、草薙はそんな私に絶えず灼熱地獄を送り続ける。
僅かでも氷鎧の維持を諦めれば、その瞬間が私の最期となるだろう。

(…活路を見出すなら、常に前進あるのみ!)

「村雨、最大出力!!あの口を黙らせる!!」
≪合点!!歯ぁ食いしばれぇっ!!≫

全身の氷鎧を前方に集めて障壁として再生成。この時点で陰義に割いていた熱量は全面カット。
一気に合当理へと給熱する。

「何っ!?」

瞬間的に村雨の合当理から猛烈な噴流が迸った。
もはや障壁は一秒と持つかどうか。
だがこの一瞬さえ稼げれば十分だ。
間合いを詰めるこの一瞬さえ稼げれば!

「おぉおおおッ!!」

氷壁が完全に蒸発した。
しかし、既に草薙は私の眼前だ。
間髪入れずに、私は下から大鎚を振り上げる。

「ガボォアア!!」

相変わらずの堅い衝撃。しかし意図は果たした。
顎下から打ち上げられたことで、草薙は火炎放射中に強制的に顎を閉じられてしまい、口内に溜まった火炎が爆発する。

「上昇!」
≪合点!!≫

激しく身悶える草薙を尻目に、私は急いで高度を稼ぎ出す。
やがて反転し、降下態勢に以降。敵騎が態勢を整えたのもほぼ同時だった。
敵騎の構えは武者正調、上段の太刀取り。通常の騎航速度は村雨を大きく上回り、その筋力もまた言うまでも無く圧倒的。得物の切れ味も並大抵の拵えとは桁が違うはずである。
まともに正面から打ち合うならば、熱量の極所集中による渾身の一打、もしくは村雨丸の一刀で挑むしかないが…ただそれだけでは通用しないだろう。熱量を無駄に消耗するだけに終わる。
破壊力を上げるならば、やはり超加速騎航も併用する必要がある。

(平居水魚は草薙の性能を引き出しつつある…)

わずか数合。それだけの間で、彼女は草薙を自分のモノにしようとしている。驚くべき成長速度だ。かつてこれほどまでに劒冑と抜群の相性を見せた使い手を私は見たことが無い。

(…いや)

そんな場合では無いというのに小さく笑みが零れる。
程度の差こそあれ、前例ならば一番身近にいるではないか。

「そう、私達が」
≪負けられないね≫

私の思いを読んだかのように、相棒が答える。

「そろそろ決めようか」
≪合点。スタートダッシュで躓くわけにはいかないもん≫

今や敵騎の戦闘力は、高度劣勢をものともせぬ程に高まっている。
ならばどう対するか。この一合、そしてその後を。

「─────」
≪合点≫

上空の雲が再び急速に集い始める。
敵騎の姿が視界から消えた。
此処に至ってまだ上を見せるか。だがもはや驚くのも億劫である。時間の、思考の無駄である。
加速し、そして広がっていく私の意識。
大気中の水分の粒の更に極小の粒、その一粒一粒を弾きながらこちらへと迫り来る草薙を、私は陰義を通じて確かに知覚した。

──────そこか。

右肩部に氷鎧を集中。生成範囲を狭める代わりに、強度は限界まで高める。
加速された思考の中で、ゆっくりと、もどかしさを伴いながら私は騎体を左へと僅かに傾ける。
次の瞬間、右肩の氷鎧が粉々に砕け散った。凄まじい衝撃が全身に走り、私は大きく態勢を崩す。敵騎が脇を掠めて天へと登っていったようだった。

─────損傷は!?

─────甲鉄部までは刃は届いてない。戦闘には一切の支障無し。

何かを確かめるやり取りが意識の彼方で行われた気がしたが、気にしている場合では無い─────背筋に走る怖気─────草薙は、平居水魚は既にそこまで来ている!!振り向くまでも無く、私はそれを確信している!!

「……!!!」

超加速の発動。
村雨が再度光迅と化すと同時に、またもや見えぬ何かが擦れ違う。
ポタ、ポタ…。
次の瞬間、辺り一体に豪雨が降り注ぎ始めた。
天を昇る村雨。地へと降る草薙。両者の騎航速度はこの瞬間初めて拮抗し、夜空に浮かぶ長い噴煙の軌跡が、この戦闘で一番の美しい双輪を描こうとしていた。
村雨が、そして草薙が反転する。
私も、そして彼女も悟ったはずだ。これが最後の一合になると。

「水気…入神!!!」
≪水神祈祷!!≫

降りしきる豪雨が村雨の大鎚へと収束する。決着を託すのは村雨丸では無く、膨大な雨をかき集めて膨れ上がった超特大の大鎚だった。陰義は"他"にも割かねばならない為、氷刃の鍛造は諦める。

──────この時を待っていた!!

高位の村雨に下位の草薙。超加速対超加速が、双輪懸における完璧な正面相撃の形を取ったのだ。相対的に発生するエネルギーは莫大だろう。
それはつまり。
武者が対敵の甲鉄を破る最高の条件が、今整ったことを意味しているに他ならない。

「?」

視界の彼方で平居水魚が僅かに逡巡するのを私は見逃さない。
だがもう手遅れだ。

「!!!!????」

そして彼女はようやく気付く。

─────────草薙は、身動きが出来ない。

草薙は太刀を上段に構えたまま、合当理のみを激しく轟かせ、微動だにせずに私へと突撃する。
敵騎は剣形をこれ一つに賭けると既に定めている為か?いやそうではない。
草薙の全身を激しく打つ豪雨が、騎体の周りを氷となって覆おうとしているのだ。

(超加速同士が稼いだエネルギーを、余す事無く草薙のみに叩き付けるにはこれしか無いッ!!)

破る手立てはあるだろう。先程見せた炎を再び操作すれば造作もないことだ。
だがそれはこの一合を終えてからの話。いや、終えられればの話だ。
互いに最高最速のぶつかり合い。誇張抜きで、瞬きすら許す間も無く決着がつけられる。
…完全な調子ならば破ってのけたのかもしれない。草薙はそれだけの名甲であり、平居水魚は規格外の怪物だった。しかし現実では、刹那の間に陰義を行使する事が出来ていない。やはり蓄積してきた無理が此処に来て綻びを生じ始めている。

─────────そうして、ただの的に成り果てた草薙が村雨へと迫り来る。

「だぁああぁぁああああああああッッッ!!!」

 

─────………。

 

 

─────ねぇ…海魚…ボクにも、いたよ?……ボクを…救ってくれる…ひ

 

 

大鎚の直撃を受けた草薙が、今度こそバラバラに粉砕される。敵騎の内側の肉体が爆ぜて血飛沫が僅かに舞い散るも、形成を止めた大鎚の大量の水が、まるで清めるように私と、草薙の甲鉄の破片を洗い流す。
両者が交錯する瞬間、ほんの一瞬かすかに金丁声が脳裏を掠めるが、それが何だったのかを確かめる間も無く、一筋の波は彼方へと消え行く。
喜びも後悔も無い。
殺した。
ただその事実のみが私の中に残る。

「………終わった」
≪敵騎の撃破を確認。あそこまで破壊されたらさすがに修復は不可能だよ≫
「そう…」

破片となった無数の甲鉄が眼下へと落下していく。月の光を反射してキラキラと輝く様に、私はしばし目を奪われた。

「…そういえば」
≪?≫
「あの変態博士、確か平居水魚にはりんごがどうとか言ってたような」
≪ああ、確かオヴァムを研究して作った奴とか≫
「うん。村雨は、感知してた?」
≪オヴァムを?………そういえば、地上にいる時からそんな反応は私感じてないかも≫

私と村雨が共に押し黙った。
アウグスト博士の言葉が脳裏に蘇る。

────………あー確か今日は、適合率を上げる為に、彼女にも試作中の"りんご"を移植する予定だったような…」

そうだ。彼女は今日、りんごを得たばかり。
それは…つまり………。

「…ねぇ」
≪うん≫
「あの"りんご"とか言う奴」
≪うん≫
「もしかして」

 


「まだ最終ステージに到達していない?」

 

 

オヴァムの最終ステージとは、数打が陰義を獲得することであったが、りんごがそうとは限らない。
だがしかし。
仮にだ。
りんごが、仕手の最期の瞬間まで、その心を、憤怒を、願いを吸い続けていたのだとしたら。
微弱なオヴァムの反応すら村雨が感知出来なかったのは、殻が固すぎて外に漏れる事が出来なかっただけだとしたら。
そして、溜まりに溜まったまま封じられていた何かが、先程の一撃でようやく解き放たれるとしたら。
これは全て憶測でしか無い。だがもしも、ほんの僅かでも当たっているならば─────────。

≪御堂っ!!≫
「ッ!!!」

私は慌てて、眼下に目を向け直す。
草薙の残骸は遥か下へと落ち、既に視界からは消え去っている。
しかし。

 

 

  ド ク ン

 

 

遥か下方で何かが小さく輝いた。
爆発的に膨れ上がる暴力的な気配。大気が低く鳴動を始める。

≪オヴァム!?≫

次の瞬間、黄金の輝きが私の目を焼いた。
しかし強烈な光は長く続かず、やがて収束していく。いや、違う。巨大な輝きが輪郭を得ていく。
天を引き裂き、地を轟かすような激しい咆哮が光の中から響き渡った。
光を中心に台風の如く強烈な旋風が吹き荒れ、更には熱を帯び、村雨の甲鉄をピリピリと刺す。
不意に光が止む。
光の向こうから現れたモノを目の当たりにした瞬間、私は激しく戦慄した。己が両の目を、そして現実をただただ疑った。

≪あ──────ああ───≫
「これ、は」

炎に包まれた熱田神宮の敷地の直上から、巨大な、果てしなく巨大な何かが顕現した。

「村雨…」
≪夢じゃないみたい…。私の全ての感覚がこれは確かに現実だと告げている…≫

微動だに出来ぬまま、私は改めてその圧倒的な威容を観察する。
深紅の瞳、金色の結晶で形作られた六つの首、澱んだ緑の甲鉄色を纏った二つの首、腹から後方に伸びる八本の尾までは、六本の首と同様の結晶にて構成されているように見える。
私の頭の中に一つのキーワードが浮かんだ。
それは伝承に曰く、その桁外れの巨体故に、八つの谷と峰に跨ることすら可能であるという。
そう、そして御神器・草薙神劒の伝承に名高いその存在の名とは、

「──────八岐大蛇!?」

 

 

 

 


続く


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