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「装甲仁義村雨 魔界編 前編」 [装甲悪鬼村正 SS]

「装甲仁義村雨 魔界編 前編」

 

 

 

 

 


国紀二六〇一年 外暦一九四一年 鎌倉

 


それはとても鮮やかな断面であった。
切り口は鎖骨の辺り。
斬り裂いた…というよりは、断ち斬ったと表現した方が適切か。そんな切断跡である。
骨肉を物ともせず諸共に両断したこの威力。常人には成し遂げられない仕業。
武者による犯行と推定するのが妥当である。
ここは鎌倉近郊の森の中。
私の目の前には一体の斬殺死体がひっそりと草むらに倒れ込んでいた。
甲鉄ごしに漂う死臭に表情を変える事無く、私は死体の顔を覗き込む。

「ッ」

私は小さく息を呑んだ。
生身の死体に慣れていなかったとか、仏が凄惨な表情を浮かべていたとかそういう理由では無い。
単純に知った顔だったのである。

「佐々岡…確か連太郎とかって名前だったような…」

それが本名かまでは知らないが。

≪知ってる人なの?≫
「GHQ時代の同僚、かな…一応。直接の面識は無かったけれど。キャノン中佐の部下で、元は六波羅の密偵だったとか。凄腕って話よ」

それも今となっては過去の話か。
キャノン中佐をして凄腕と評させた男でさえも、こんな人気の無い森の奥深くでひっそりと斬殺され、誰とも知らぬ人間に無惨な骸を晒す最期を迎えている。
諜報に生きる者の末路なんてこんなものだと、ふと静かな感慨が浮かんだ。
ただそれだけだ。
佐々岡連太郎という男への私の個人的な感想はその程度だった。

(生前の琴乃ちゃんだったらあるいは)

などと思いかけたのを軽い嘆息で押し流す。余計な感傷に浸るのは後にしよう。
遺体に視線を戻す。
両手に握られた刀は半ばで折れていた。
そして、柄を握る両手の内、左手は肘の下辺りから体と切り離されている。
受け太刀しようとしてそのまま刃ごと両断されたのだろうか。
私は改めて辺りを見回し、検分を進めていく。

(破壊された鎧櫃。中身は…モノバイクか)

残骸のカラーリングと形状から、中身は劒冑。それも六波羅の九〇式一般兵仕様である事が窺われた。
情報を整理する為にも、私は殺害過程を脳裏に思い描き始める。

(被害者は鎧櫃を背負ったまま林中を移動。甲冑の惨状から察するに、武者はまず標的を背後から奇襲し、その戦闘力を奪う事を第一に優先した)

有無を言わさず即座に標的を狙わなかったという事は、武者がよほど慎重な性格だったのか、あるいは被害者が手練れである事を察して警戒していたからなのか。

(あるいはその両方か)

………。

(熟練の剣士にして諜報員でもある被害者は、背後からの奇襲にも迅速に対応。武者に対する彼の唯一の対抗戦力と言える劒冑を破壊されたにも関わらず、すぐさま抜刀した)

奇襲を受けて劒冑まで破壊されておきながらこの立ち直りの早さ。相当の場数…それもかなりの修羅場を踏んでいる人間でなければ為し得ないだろう。なるほど、確かに凄腕だ。

(まぁどの道抵抗もここまでだったみたいだけど)

折れた刃のもう半分は直に見つけられた。
辺りは既に夜の闇が広がっているが、遺体からはそう離れていないのが幸いした。
…刃の先端に血の付着が見られる。

(…刺突)

驚いた。
どうもこの佐々岡連太郎という男、手練れは手練れでも、生半な手練れでは無かったらしい。
奇襲に会いながらも武者に一矢報いている。
甲鉄と甲鉄の間、関節部の隙間を刺突にて狙ったか。まさか甲鉄を断って武者を傷付けた訳では無いだろうし。
これが真正面から対等に向かい合っての立ち合いならば、武者相手に生身の人間が関節部を狙う等ほぼ不可能に近いはずだが、今回は状況が違う。
奇襲した側は標的の最大武力を奪った時点でいよいよ優位性を確信。心中に僅かながら隙が生まれたのだろう。そこを逆に突かれたか。
どちらにしても相当な難行である事は間違い無い。同じ状況下でも自分の技量ではとてもじゃないが真似出来ないだろう。

…と、思考が逸れた。

被害者の技巧は見事だったが、どちらにしても武者>生身の常識を覆せるほどでは無かった。
抵抗空しく、彼は一刀の元に斬り殺されたのだ。
さて、次に武者である。
遺体以外で果たしてその痕跡はあるだろうか。

≪御堂≫
「何?村雨」

ここまで検分に口を挟まなかった琴乃ちゃんが私に金丁声を投げかけた。

≪この遺体、殺されてからまだ時間が経ってない≫
「…」
≪新鮮過ぎる。下手すると、殺されてからまだ数分と経ってないかも≫

鍛錬中に、周辺を探索していた琴乃ちゃんからの応答を聞きつけたのがほんのつい前。辺りは既に暗く、不足の事態に備えて装甲も済ませていた。
ここ数時間の間に近辺で合当理の轟く音は聞いていない。
琴乃ちゃんの見立て通り犯行からまだ時間が経っていないとするならば、武者は騎航して立ち去ってはいないと判断するのが妥当である。
つまり…。
私は深呼吸をし、慌てたそぶりを見せないよう努めつつ、周囲の気配を探る。
と、同時に、

「金探に反応は?」
≪反応ゼロ。目ぼしい熱源も確認出来──────御堂ッ!!≫
「クッ!!」

私が背後に気配を感じたのと、琴乃ちゃんの金探に反応が現れたのはほとんど同時だったようだ。
何故?という思考はこの際後回しにする。新型の隠形竜騎兵か、はたまた真打劒冑の陰義によるものか。
なんであれ、まずは差し迫った脅威を取り除く方が先である。

「ッッ!」

大鎚の噴射によって生じた強力な遠心力と、全身の捻転運動によって騎体が急速旋回される。
次の瞬間私の視界に飛び込んだのは、中空よりこちらへと躍りかかる黒武者の姿であった。
一瞬、甲鉄越しに両者の視線が交差する。加速された大鎚の攻撃速度は敵騎にとっては予想外のはず。奇襲は失敗し、こちらの迎撃が間に合う形となったわけだが、敵騎からは驚愕も動揺も引き出すことは出来なかったようだった。

「おおッ!!」

振り下ろされる黒武者の太刀に対して、私は横薙ぎの形で大鎚を振り抜いた。
カウンターが綺麗に決まり、敵騎の腹部甲鉄を大鎚が粉さ─────

「え?」

甲鉄を割る感触はしかし中途半端で、大鎚がそのまま空を回る。

────敵騎が消えた。

あたかも陽炎のように、姿形を一切残さずに。

「村雨!」
≪駄目!さっきと同じで反応ゼロ。信号探査にも熱源探査にも引っ掛からない!≫

信号探査に引っ掛からない。なるほど、今の時代ならば有り得ない話では無い。GHQは既に先の大戦でステルスドラコを実戦投入しているし、信号の反射を阻害する能力を持った劒冑は大和にも存在すると聞いた覚えがある。
熱源探査に引っ掛からない。これは驚きだ。敵騎が消えた瞬間に間髪入れずに探査を行ったのだ。大して遠くへ行けるはずも無い。少なくとも熱源探査の範囲外へ逃亡する事はほぼ不可能と言い切ってもいい。探査の邪魔になるような他の熱源が周囲に無い以上、敵騎の反応が無いのは有り得ないはずだった。
そして、視覚からも完全に消えうせている。
そんな完璧なステルス、私は未だかつて聞いたことが無い。

「………」

大鎚を握る両手には敵騎の甲鉄を半端に砕いた感触が残っていた。胸部を軽く割った程度なので撃破には至っていないだろうが、しかしあのタイミングは完璧であった。完璧にカウンターが決まった…はずだったのだ。

≪御堂…≫
「…姿を消したのとは違う」

これは単なるステルスとは違う。それでは説明がつかない。
言うなれば、敵騎は姿どころかその存在を消滅させてしまったのだ。
こちらの大鎚が直撃した直後(直前では無いのである)に消えうせ、信号・熱源の両探査には一切の反応無し。
不可解極まりない。
これは数打による何らかの機功作用がもたらした結果ではないだろう。
陰義。
鍛冶師の心魂が打ち込められた、真打劒冑による超能の技の仕業か。
装甲を解かぬまま、私は周囲に神経を尖らせる。
ほんのつい前の武者同士の激突が嘘であるかのように、辺りは既に静けさを取り戻していた。

 

 

 

 

 

──────聞いたか?あそこの茶屋の娘さん

──────ああ、残念だったな…。良い子だったんだが…

──────奥さん、今も一人で店やってるんだとよ

──────私見ちゃったんですよぉ。警察の人達が来る前に…

──────見たって犯人を?

──────生首ですよ…。まだ夢に見ちゃうんです

──────紅い武者が犯人だってさ

──────また武者か…。最近多いなぁ…

 

 

「どうぞ」

か細い声が私にかけられる。
コト、と私の脇に、お団子が乗せられたお皿とお茶が置かれた。

「ありがとうございます」
「ごゆっくり」

生気の薄い顔をした女性が店の奥に下がっていった。

(ここが噂の茶屋か)

昨夜謎の黒い武者(大和武者の造りをしていた)と遭遇した私ではあるが、正直な所これ以上関わりたいとは思っていなかった。
昨夜はあくまで自衛の為に反撃したに過ぎず、こちらとしては今の所積極的に敵対する理由は無いのだ。襲われた仕返しをしてやろうと思うほど私は好戦的でも無いし。
とはいえ、正体不明の武者がGHQの工作員を殺害するなど只事では無い。
オヴァムに決着を付けた今、私には優先すべき目標が無く、可能な限り戦いを避ける傾向にあった。正直今は、戦う事よりも考える時間を優先させたいという思いもある。
がしかし、鎌倉の現状における自分の立ち位置を明確にする為にも、情報を集める必要があった。

(まぁそうは言っても…)

こちらに敵対する理由が無くても、向こうに無いとは限らない。
昨夜の奇襲が目撃者の口封じであるならば、あの武者はまた私を狙ってくる可能性がある。それも可及的速やかに。
そうなると暢気に街中を歩き回るのも危険なのだが…。
手練れの暗殺者ならば、町人として群衆に溶け込み、ターゲットを暗殺する等お手の物だ。
一応琴乃ちゃんには、劒冑の有無も含めて私の周囲を警戒してもらっているし、私自身も不審な人間の気配には気を配っているが…さて私の危機察知能力が敵さんにどこまで通じるやら。

(あえて人目を避けるのも一つの手ではあるけれど)

それこそ襲って下さいと誘っているようなものである。
だが私は、出来れば戦いを避けたいとは言っても平和主義者では無い。琴乃ちゃんによって救われた命の使い道が定まらぬ今、どこの誰とも知らない奴にこの命を差し出すわけにはいかない。どうしても狙うと言うならば、私は持てる全ての力をかけて抗うだけだ。

(…と決意は固まっているけども)

結局は現状の把握を優先して街中を歩き回っている私である。
そして程なくして不穏な噂話をいくつか耳にする。
どうも最近、この鎌倉では正体不明の武者の姿、あるいは武者同士の戦闘が数件目撃されているらしい。特にホットな話題が、ついこの前真昼間に起きた、ある茶屋が関わる事件。
なんでも武者同士の戦闘に巻き込まれ、付近にいた茶屋の一人娘が命を落としたのだとか。
巻き込まれた余波で命を落とした、というあやふやな噂もあれば、戦闘後に勝利した武者がわざわざ娘の首を刎ねたという、真偽は不明だがやや詳細な噂もある。
他にも噂はあったが、関わり合いになる事を避けたかったのか間近で目撃した人間は皆無との事。
これ以上噂話を収集してもどこまで正確か怪しい為、私は一先ずその件の茶屋へと赴く事にしたのだった。
ちなみに私が昨夜目撃したGHQの工作員の殺害については、未だ噂話は上がっていないようだ。

(さて)

茶屋である。
出された団子は既に食べ終え、今は茶を啜っているところだ。
どうしたものか。
娘を殺害した犯人は紅い武者とのこと。
つまり、直前に行われた戦闘の勝者がその紅い武者なのだろう。
私を襲った武者は黒い甲鉄を備えていた。闇夜だからといって見間違える事は無い。
とすると、昨夜の黒武者と茶屋の一件の直接的な関連性は恐らく薄いはずだ。
無論薄いとは言っても、関連性が皆無とは言い切れない。
ここ最近鎌倉で謎の武者達の出現が多発しているとなれば、茶屋の一件も昨夜の一件も、あるいはその大きな流れの一つであるという可能性もある。
流れ自体が何なのかは情報が足り無すぎて推測すら出来ないが。

(気は進まないけど、やっぱり関わった本人に聞くのが一番か)

─────────。 

既に警察や野次馬から根掘り葉掘り色々と聞かれたろうに、茶屋の女主人は私からの質問にも嫌な顔一つせず答えてくれた。…ほとんど顔から感情が抜け落ちていては、嫌な顔も何もあったものでは無いけれど。
で、女主人の証言だが。
端的に言えば途中で気絶してほとんど何も見ていないらしい。
事件が起きた辺りで覚えてる事といえば、

・事件の直前に一人、男の客が来ていたらしい。娘が応対していたので女主人はほとんど顔を見ていないそうだが。
・武者の片方は空から突然店に落ちてきたらしい。その後、怯えた目で武者を見た自分に腹を立て、襲い掛かってきたのだとか(たったそれだけの理由で…)。その後女主人は直に気絶してしまったとのこと。

これくらいである。
量は少ないが、それでも噂話よりは情報の信頼性は高い。
気になるのは直前に店にいたという男の客だ。
全てが終わった後は既にいなくなってしまっていたようで、警察も一応捜索はしているそうだが、本人の特徴を示す情報が無ければ見つけようも無いだろう。
あるいはこの男が件の紅い武者と関係している可能性もあるが、肝心の装甲の瞬間を女主人が目撃していない以上憶測の域を出る事は無い。単なる客に過ぎず、戦闘が始まり次第直に逃げ出してしまっただけとも限らないのだ。
ちなみに事件現場には、警察の捜査中に事件の関係者を自称する二人組が現れたそうだが、詳細は不明らしい。
また、茶屋の一件とは別に、女主人は警察からこのような事も聞かれたとか。
「何れかの武者が建朝寺について何か口走っていなかったか」「親族、係累に僧侶はいるか」など。
建朝寺。僧侶。
こちらは直に閃くものがあった。

(先の六衛大将領足利護氏の大法要)

今日、今まさに建朝寺にて執り行われているはずである。

 

 

女主人に丁重にお礼を重ねてから茶屋を出た私は、これまでに得た情報の整理を行っていた。
近頃鎌倉では武者の出現が多発している。
GHQの工作員を殺害した黒い大和武者。
空から突如襲来した武者と、それを倒した紅い武者。そして紅い武者の犠牲となった茶屋の娘。
事件の関係者を自称する二人組。
これらに関係していると思われる、建朝寺、僧侶、あるいは大法要。

≪建朝寺にでも行ってみる?≫
(まさか。今の建朝寺には、小弓公方今川雷蝶と彼の率いる手勢が防備を固めている。何が起きるにしても起きないにしても、私達の出る幕は無いわ)
≪出張ってヘンな疑いでもかけられたら大変だもんね≫
(普通に曲者扱いだろうねぇ…)

しかし私が追っている事件との関連性が気になる建朝寺をこのまま捨て置くというのも如何なものか。
そして忘れてならない私を襲った黒い武者。事件の話がまだ外に漏れた様子が無い所を見ると、私が事件現場の唯一の目撃者となっている可能性が高い。はっきり言って非常に危険な立場だ…。
………。
待てよ、あるいは。
片付けられるものならば、あるいは両方一気に片付けてみるのも一つの手か?
と、そこで、

グ~~~

お腹が鳴った。

≪そろそろお昼だね≫
「腹が減っては戦は出来ぬ、か」

武者ならば特にそう。
どれ、ここらで熱量の補給でもしとくとしますか。

 

 

「ずるずるずる」

蕎麦である。
貴重な路銀を節約する為にも比較的値段の安い店に入ったつもりだったが、揚げたての天麩羅が乗っけられた野菜天そばは予想以上に美味しかった。

「ごくごくごくごく」

たんっ。
汁を最後の一滴まで飲み干した。
使われてるだしは鰹節と鯖節か。
鰹節のスッキリとした旨みに、鯖節のコク、深みがしっかりと合わさり、力強い味わいを生んでいる。
この味は、だし汁を強火で15分近く煮込まなければ生まれない。
短時間で素材の風味を抽出させるのが一般的な日本料理におけるだしの取り方ではあるが、この店のそばつゆの場合は長時間抽出させる事によって力強い味を引き出しているのである。

「御馳走様でした」
「毎度ー!」

こうして、低価格帯の蕎麦屋の割には当たりを引いたらしい私は、満ち足りた気持ちで店を後にしたのであった。
…だが。

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴ…。

「え?」

地震に襲われたのは蕎麦屋を出た直後である。
たった今出たばかりの店に目をやると、建物全体が激しく揺さぶられていた。とりあえず立っていられないほどでは無い。
次に通りの人達に視線を向けると、皆一様にポカンと空を眺めていた。
辺り一体が巨大な影に覆われていく。
既に地震は収まっていたが、今度は腹の底に響くような重苦しい轟音が広がっていく。
私もゆっくりと顔を上げた。

「そ、そんな…」

私は一目で理解した。
地震の理由、震源の正体を。
そして次に我が目を、現実を疑った。
鎌倉大仏が、国宝阿弥陀如来像が、今正にゆっくりと大空へ浮かび上がろうとしている!?何故、どうして、一体何が起きているの!?

≪こんなことって…≫

どこかに潜伏中の琴乃ちゃんからの金丁声が私に届く。
良かった。とりあえず私は、唐突に夢の世界の住人に生まれ変わったわけでは無いらしい。…いや、何も良くは無いけど。

≪御堂、あれを!≫
「何、村雨?」
≪大仏様の周りを見て!≫

大仏の周り…。
…!?
何かが…豆粒みたいな何かが周囲を飛び回っている?
いや…劒冑か!?

(視覚を回して)
≪合点≫

私の両目が、何処かに身を潜めている琴乃ちゃんのそれとリンクする。
劒冑の視覚を借りれば一目両全であった。やはり武者だ。それも、紅い武者。

(まさかあれが、例の茶屋の?)
≪村正…≫
(え?)

琴乃ちゃんの金丁声に、常なら聞かない珍しい響きが混じる。
苦渋だ。
…いや待て、それ以上に聞き捨てなら無い言葉を聴いた。なに、村正だって?

(村正って、琴乃ちゃんが故郷で出会った、あの村正?)
≪間違い無い…見間違えるはずが無い。きっと、湊斗さんだ≫
(………)

勢州千子右衛門尉村正。
六波羅から琴乃ちゃんを守り、そして琴乃ちゃんからお母さんを奪った武者。
その劒冑にはある呪いが秘められているという。
善悪相殺。
敵を斬らば、味方も。憎きを斬らば、愛しきも斬る。
恐るべき呪いである。
琴乃ちゃんの見立てでは相当に強大な力を秘めた劒冑だそうだが、名甲というよりは妖甲と呼んだ方がしっくり来るだろう。
その村正が、彼方の空で大仏と大立ち回りを演じている。
話に聞く限りしか知らない村正の姿をしかと目に焼き付けようと、私は食い入るように天空の光景を見つめた。

「!?」

次の瞬間、大仏から巨大な熱線が放射された。狙いは勿論村正だ。
回避の間に合うタイミングでは無い。村正は一瞬で熱線に飲み込まれたかに見えた。
だがしかし。
極太の熱線に飲まれながらも村正は原型を保っていた。いや、無傷である。不可思議な障壁のような物が熱線から甲鉄を守っているようにも見える。あれが村正の陰義なのだろうか?
熱線の放射が終わると、村正は空を縦横無尽に駆け回り始めた。そしてそれを追うかのように次々と熱線が吐き出される。
熱線はあくまで大仏の額から撃ち出されるようで、村正は射線から逃れるような軌道を取り続けていた。
すると今度は驚いた事に、大仏が四肢を、より素早くより柔軟に駆使し始める。
射線から逃れた村正に大仏が殴りかかる。上昇する事で巨大な打撃を回避した村正に、再び熱線が襲い掛かった。
距離を取る村正。程なく反転。高度優勢から大仏に突撃する。
今度は大仏は熱線では無く、右ストレートで村正を迎撃した。最小限の動きで村正がそれを交わす。お見事。今更ながら素晴らしい騎体操作だ。繊細さと大胆さを兼ね備えたその技術は、まさしく古強者のそれと言えた。
懐に入り込んだ村正は、しかし太刀を抜く事なく肩を突き出して大仏に衝突した。ゴーーンと大きな音が空に轟く。

(空洞だ)

私は村正の意図を直に察した。
なるほど、敵の強度を測ったか。
一体何がどういう経緯で大仏があんな形で動き始める事になったかは不明だが、あれが鎌倉大仏をそのまま流用しているならば、全身は恐らく青銅で出来ているはず。
その巨体と攻撃性能は脅威と呼ぶに値するが、本体は存外脆そうだ。
追う大仏と逃げる村正。
大仏は熱線と体術を駆使して村正に襲い掛かるが、村正は村正でいい加減敵の攻撃パターンに慣れ始めたのか、今まで以上に危なげなくかわしていく。
と思った次の瞬間、大仏がこれまで以上の超巨大熱線を放射した。
なんとか村正は回避したようだが、彼方の山には大穴が穿たれた…。何なのこの出鱈目な火力は…。
更に熱線。村正は避けるも、また山が削られる。
大仏の頭部が巨大な光に包まれた。
何をしようとしているのかは誰に教えられるともなく分かる。
大技を連発してるにもかかわらず、何時まで経っても村正を撃墜出来ないので、遂に痺れを切らしたのだろう。決め技を使うようだ。
さて、村正はどう対する?

「ッッ!」

熱線がまるで散弾のように無数に放たれ、村正へと殺到する。
かろうじてその合間を抜けた村正は、下方へと急降下した。熱線もまた更に撃ち出され、村正の背を追っていく。
ここで私の視界から村正の姿が途切れた。ほとんど地上に近い位置まで村正が降下したようだ。村正を追った無数の熱線も地面に着弾したのか、大爆発が巻き起こる。
さすがにここからでは建朝寺周辺の地上の様子は窺えない。
と思う間もなく、村正が爆風を吹き飛ばしながら急上昇し、大仏へその直下から襲い掛かった。
死角であろう自らの真下を狙われた大仏は、抵抗する間もなく村正に貫かれる。

(強い…)

私は村正を静かにそう評価した。

(騎体運用は見事だったけれど、多分全力はあんなものじゃないんだろうな)

確証は無い。あくまで同じ武者としての勘である。
強いて言うならば、村正はその陰義を熱線からの防御の際にしか使っていないように見えた点か。
つまりは彼にとってあの大仏は、その程度の相手でしか無かったのだろう。
そして。

≪あっ≫

大仏の頭頂部から村正が飛び出すと同時に、その巨体が真っ二つに引き裂かれ、更にはバラバラに崩壊していく。

(あれは…)

砕かれた大仏の破片の中に私は異物を見つけた。
人型…。それも二つ…。
まさか武者?

(もしそうなら、あの大仏は武者の陰義で動いてたっていうの!?)

破片は吹き飛び、地上へと落下した。私が見た人型のような何かも直に姿を消した為、もはや確かめる術は無い。

≪…どうする?やっぱり行ってみる?≫

どうやらこの鎌倉では私の想像を遥かに超えた何かが起きているようだった。
琴乃ちゃんの提案には後ろ髪が引かれる思いだ。今直ぐ何があったのか詳しく確かめに行きたい。
私個人は今は戦いを避けたいとは言ったが、まさか事態がここまで大事だとは思っていなかった。
事件を野放しにすればこれまで以上の、大量の犠牲者が生まれる恐れもある。
未だ歩むべき新たな道を見出せずにいる私だったが、それでもやはり、見過ごすことは出来ない。そんな真似だけはしたくない。
そのあやふやな独善の決意の末に、私はまた自らの手を血で汚すのかもしれないが…何もしないでいる事だけは、我慢出来なかった。…心が軋む。だがこの瞬間は、あえてそれは忘れたフリをした。
今はまだ、戦う私であるために。
………。
とはいえ、今私が行ったところで見つかれば怪しまれるだけである。これで更に武者である事までバレれば、近頃鎌倉に現れ始めた謎の武者の一人と間違われかねない。

「一先ず今は止めておく」

そして何より、今は背中の安全が不確かだ。こちらの問題もどうにかしない事には調べ物もゆっくり出来はしないだろう。

≪今は?≫
「夜になったらこっちも動き出そう。上手く運べば問題の一つは片付けられるかもしれない」

今夜は長い夜になりそうだったが、既に私の決意は固まっていた。
まずは、あの黒武者と決着を付けよう…。

 

 

続く


コメント(6) 
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コメント 6

村正好き

まさかの魔界編!
こう来るとは思いませんでした(笑)
期待してます!
by 村正好き (2012-09-15 06:30) 

にしん

>村正好きさん
有難うございます!
妄想ネタをこうして形に出来てちょっとホッとしていますw
後編はほとんど戦闘ばかりになる予定です。今しばらくお待ち下さいませ!
by にしん (2012-09-15 08:44) 

へこ太

ぶふぅっ!!!?(番茶噴霧)

まさかまさか、こちらの装甲仁義村雨で魔界編を執筆されるとは……彼女たちの視点での大法要戦はニヤニヤが止まりませんでした。
これは期待せざるを得ないです。応援しております!
by へこ太 (2012-09-16 01:47) 

にしん

>へこ太さん
有難うございます!
拙い作品ではありますが、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
次回も頑張ります!
by にしん (2012-09-16 07:53) 

セセリ

 読み応えのある村正SSがまた増えてうれしいです。
続編楽しみにしています。

 黒い武者に突如消える陰義・・・。さすがにあの劔冑ではないでしょうけどヤバイ臭いがしますねw
by セセリ (2012-09-18 01:02) 

にしん

>セセリさん
読み応えなどと勿体無いお言葉、有難うございます(涙
黒武者の陰義については後編でしっかり明かされますので、もう暫くお待ち下さいませ!頂いたコメントを熱量に変えて頑張ります!
by にしん (2012-09-18 21:39) 

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