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「装甲仁義村雨 魔界編 中編」 [装甲悪鬼村正 SS]

「装甲仁義村雨 魔界編 中編」

 

 

 

 

 

国紀二六〇一年 外暦一九四一年 鎌倉サーキット

 

翼筒の奏でる轟音が幾重にも連なり、大気を通して私の体を震わせる。
コースを駆け抜けて行くのは劒冑だ。しかしその姿は軍用の物とは違う。
競技用劒冑。レーサークルス。
ただ速度を極める事のみを主眼において設計された数打劒冑。
徹底的な軽量化を図られたが故に、その騎体強度は軍用劒冑と比べて著しく脆い。弾き出す速度を考えれば、正に狂気の沙汰と呼べる程だ。
狂気。実際、その通りなのだろう。
ただ一人、世界の先端に立つという狂気に侵された、命知らず達の戦いは熾烈を極め、発する熱気が会場を包み込み、観客達もまた異様な興奮状態となって歓声を発している。

──────その只中にあって尚、私の心はどこまでも冷ややかだった。

陰鬱とも言える視線をサーキットに向けている。
会場を包み込む熱気に懐かしさを覚えないと言えば嘘になるが、何故だろう、会場の熱気も、観客の声援も、レーサークルス独特の排気音も、どうにも遠い異世界で行われているように聞こえて仕方が無い。
"ここ"は何時だって何も変わらないというのに。
いや、変わる変わらないという話ならば、

(変わったのは私の方か)

サーキットが変わったのではなく、変わったのは私。
この場所が異世界になったというより、私が場違いな存在になってしまっただけなのだろう。
かつてライバルと鎬を削り、最速の世界で夢を追った私はもういない。
ここにいるのは一介の武力行使者。何かを守るために何かを殺す者。武者、大塚信子。

時がうつろう。そして祭りが終わる。

どれだけの時間をそうしていたのか自分でも定かでは無い。
サーキットは静寂の中にあり、スタンドも既に観客が去った後。
私は手すりに寄りかかりながら、虚ろな目で景色を眺めていた。
てっきり警備員でも来るかと思ったが、そんな気配も無い。なんともいい加減な事だ。

やがてまた、時がうつろう。そして────

「村雨を始めようか」

鮮やかな夕焼けがサーキットと、そして私の体を照らし上げた。
確かな意志の元、肉体に火が点る。
虚無を抱いた瞳はそこに無く、鋭く凍てついた眼光がサーキットを貫く。
仄暗い闘志が高まる中、私は一つの決意を脳裏に浮かべた。

──────今夜私はここを、血で穢す

 

 

 

 


同日、深夜、鎌倉サーキット

 

≪御堂、観えてる?≫
(視界良好。バッチリだよ)

私の視界には、浅い角度から一望した建朝寺の姿が広がっていた。
といっても私が実際に眺めているわけではない。琴乃ちゃんの視覚を借りているのだ。
琴乃ちゃんは現在、建朝寺の裏山に陣取っている。
目的は二つ。一つは情報収集だ。
警官達は理由は不明だが謎の武者達と建朝寺との繋がりを疑っていた。そして昼間の大法要でのあの騒ぎ。建朝寺には何かがある。もしくは何かがあったのだ。只ならぬ何かが。
がしかし、だからといって即人気の失せた建朝寺を探索するつもりは無い。
私達と同じように考える輩が他にいないとは限らないのだ。六波羅か、GHQか、謎の武者達か、あるいは…。
とにかくも今もまだ、建朝寺には何者かの目が光っている可能性がある。迂闊な行動は出来なかった。

(その位置から生体反応は探せる?)
≪流石に距離があり過ぎるよ。もっと近付かないと。どうする?もう暫くこのままでいる?それとも境内に下りてみる?≫
(もう少し待って。深入りはしたくない。探索は目的の一つとはいえ、優先すべき事は他にある)
≪合点≫

ゴクリ。
人気の失せたサーキット場の観客席で、私は予め購入していた飲み物を喉に流し込んだ。状況が予断を許さない中で一息つくためだ。…いや、だったのだが。

「………」

一度琴乃ちゃんとの接続を切り、手元の瓶を訝しげな表情で見つめる。
商品名、芋サイダー。中身は白い粘状の炭酸飲料だ。
何とも形容しがたい味と喉越しだった。食糧難のこの時代に、食品メーカーの商品開発の苦労が窺われた。いや、あるいは茶目っ気の産物という可能性もあるが。

「失敗だったかな…」

ちょっとした好奇心から手を出してみたのだが、一息つくどころか、かえって不快指数がやや上昇する結果となっていた。
コトッ…と、私は飲みかけの瓶を隣の席に置く。
無言のまま再度琴乃ちゃんの視覚と接続し、観察を続けることしばし。
すると、

(お…)

境内に僅かだが人影のような物が見えた。

(村雨、拡大)
≪合点≫

視覚を拡大した先に映ったのは、槍を携えた若い男の姿であった。立ち姿で分かるが、明らかに相当な武芸の鍛錬を積んでいる。自然体のままだがまるで軸がブレていない。
何者かは不明だが、こんな時間にこんな場所へ、武装して現れたとあっては只者で無いのだけは確かである。
私は男の出方を窺うべく暫く注視しようとしたが、更にそこへ、男に近付く何者かの姿が視界に入った。
上半身裸の坊主男…。
春とはいえ夜は決して暖かく無い。だというのに、突き刺さる夜気を物ともせずに、男は飄々とした足取りでもう一人へと歩み寄った。
二人は会話を始めたようだった。

(村雨、集音した聴覚情報から二人の音声のみを転送して)
≪合点≫

私は静かに耳を済ませ、男達の会話に神経を集中させた。

──────だ、伊達政宗公ではござらんか!

…へ?

──────あ~とお前…誰だっけ?会ったことある?

──────これは失礼。それがし、真田信繁と申す者

──────お前がねぇ。へー。ふーん

(ど、どういうこと?)
≪さ、さぁ?≫

伊達政宗に真田信繁。
いずれも大和の歴史に名を連ねる有名人だ。…当たり前だが、両名ともとうの昔に故人のはずである。

(芝居の練習…っていう雰囲気じゃないよねぇ)

こんな時間にこんな場所でどんな芝居の練習をするというのだ。

(けど…)

芝居ならまだいい。無茶苦茶な話だがまだいいのだ。
問題はこれが芝居では無かった場合。
考えられる線は残り二つ。
一つ目は、彼らは何らかの理由で己を真田信繁と伊達政宗であると思い込んでいる狂人という説。
そしてもう一つは…正真正銘、彼等が本物の真田信繁と伊達政宗であるという説。
どちらにしても荒唐無稽。まともな話では無い。

(芝居にしろ狂人にしろ、武装も含めて、出で立ちがあまりにも"馴染み"過ぎている。まるで今の格好が当たり前と言わんばかりに。けどだからといって、まさか本人だなんて…。そんな話あり得るわけが…)
≪御堂≫

考え事に没頭していた私を琴乃ちゃんが現実に引き戻す。
どうやらまた一人何者かが現れたようだった。

──────それがしの名、柳生十兵衛と申す。何卒お見知りおきを

ゾクリ。
私はあくまで琴乃ちゃんを経由して彼等の姿を観察しているに過ぎない。
だというのに、これはなんだ。背筋が震える………いや、悪寒が止まらない。
アレはヤバい。
真田信繁と名乗った男は無論、伊達政宗と名乗った男も、何者かはともかく、恐らくは相当な武術の使い手であるという事は見て取れた。
だが柳生十兵衛と名乗った男は…アレはマズい。私の直感が告げている。アレは先の二人と同列に扱っていい男では無い。
と、その時、

「!?」

一瞬、柳生十兵衛と名乗る男の視線が私を射抜いた…ような気がした。
気のせいか?いや、しかし…。
視線を移したかと感じたのも束の間、既に彼は二人との会話に戻っている。
私自身はあくまで鎌倉サーキットにいるのだから、もしも彼がこちらへ視線を走らせたのであれば、実際の対象は建朝寺の裏山に陣取った琴乃ちゃんという事になる。

(村雨、周囲に反応は?)
≪…大丈夫。けど≫
(留まるのは危険かもしれないね)

彼等が芝居の稽古をしているなどという間の抜けた考えはもはや不要だった。
坊主頭の男、よくよく体格に注意すれば、体の筋肉の付き方には見覚えがある。水泳選手のそれに近いが、要所要所のボリュームは更に上。
…間違い無い。坊主男は武者式戦闘術の鍛錬を積んだ者。体格に多少程度の差はあるが、他の二名もそうと見て良さそうだった。
彼等が何者か、あるいは彼等の真贋を確かめる術はこの場には無い。
だがそれよりもまず注意せねばならないのは、彼等が少なくとも武者かもしれないという事だ。
そして彼等の内の一人、柳生十兵衛とやらは、信じられない話だがこちらの偵察を察知した恐れがある。
となれば脅威となってくるのは劒冑の存在だ。
数打ならばともかく、独立行動が可能な真打劒冑に琴乃ちゃんを補足されたとなると、こちらの思惑はパーとなる。
思惑とは情報収集の事か?ノーだ。私達が今日ここにいるのは情報収集のためだけでは無い。目的はもう一つあった。
それは…。

(いる。間違い無く)

現在琴乃ちゃんのいる地形では遮蔽物が多過ぎて、通常探査は極々狭い範囲にしか及ばない。
村雨は低高度からの奇襲戦術を想定したグレムリンをベースとしている為、現行の陸戦特化型ほどでは無いが、高い性能の熱源探査を備えている。
が、それとて有効範囲はたかがしれていた。
故にこの地形下で、例えば「私達がそうしているように、何者かが劒冑の視覚を以ってこちらを監視している」としても、こちらに接近でもしない限り琴乃ちゃんが察知するのは容易では無い。

≪もう見つかってる、かな?≫
(境内を見張るにはこの近辺が絶好のポイント。あの黒武者がよほどのお間抜けじゃなければ恐らく)

つまりはそういう事。
近頃鎌倉を騒がす謎の武者達と建朝寺との間にどのような繋がりがあるのかは把握していないが、昼間の大法要での騒ぎを見れば、尋常ならざる何かが起こっているのはもはや明白。
そしてあの黒武者もまた、事件と関わりのある武者の一人だとすれば、武者の正体もしくは事件を探る何らかの手掛かりが建朝寺にはあるのかもしれない。あるいは黒武者自身が、騒ぎが収まった後の建朝寺を調べに来る可能性もある。
となれば、黒武者にしろ私にしろ建朝寺を調べるならば、事件の痕跡も新しい今夜を置いて他には無い。慎重に立ち回れば、事件の情報収集と黒武者への対処の両方をこなす事も可能かもしれない。
…と私達が考えている事は、恐らくは向こうもお見通しだろう。いや、そうでなくては困る。
黒武者が本気で私を狙っているならば、必ず私達の行動を予測し、建朝寺に網を張っているはず。それこそがこちらの狙いだった。

(頃合かな。村雨、そろそろ帰還して)
≪合点。上手くいくといいね≫

いやもうホントそうでないと困ります。
今夜の作戦の概要はこうだ。
まず琴乃ちゃんには建朝寺に偵察に行ってもらい、しかる後帰還。
そして恐らくは琴乃ちゃんを補足しているであろう黒武者を、私がいるサーキットまで誘導した上で、必要ならば戦闘を行い、これを撃破する。
誘導中の琴乃ちゃんがとてつもなくとてつもなく心配ではあるのだが、黒武者の狙いが私の殺害であるならば、私の居所へと繋がる琴乃ちゃんをその場で破壊する可能性は極めて低いと判断していい。
本来ならば私も一緒に建朝寺に行く予定だったのだが、再び建朝寺で騒ぎを起こす事の危険性(六波羅や、特にGHQ辺りに今私が目を付けられるのは出来れば避けたい)等を琴乃ちゃんと協議した末に、戦闘場所を近隣に民家の無い鎌倉サーキット及びその上空にし、渋々作戦を変更する事となったのだった。琴乃ちゃんに何かあったら、あの黒武者タダじゃおかん…。
ちなみに建朝寺を偵察しに来たのが琴乃ちゃんだけという事を把握した時点で、敵も罠を警戒してくるだろう。しかしそれでも奴は来る。誘いを承知した上で、それでも今夜私を狙う機会を逃しはしないはずだ。
というのも、実は一度だけ、昼間何者かの刺すような視線を感じた事があるのだ。
タイミングは、丁度鎌倉大仏が空に浮かび上がり、大立ち回りを演じ始めた頃。
恐らくは突然の状況で、気配を殺す事を一瞬怠ってしまったのだろう。追っ手(主に独立派絡みで)に狙われる経験は一度や二度では無い為、この手の感覚には覚えがある。
一度捉えた気配はこちらも早々逃がしはしない。そして確かに、その後私は何者かを撒く事に成功していた。でなければ、人気の失せたサーキットに琴乃ちゃんと離れて一人残るような真似はしない。
これで敵も、こちらを追跡する事が一筋縄ではいかない事は理解したはず。であるならば、尚の事このチャンスを逃すような真似はしないだろう。

「………さて」

建朝寺の三人も気がかりだが、今は放って置くしかない。まずは黒武者への対処の方が先だ。
私は身に付けていたロングコートを脱ぐと、芋サイダーの瓶を置いた座席の脇に丁寧にかけた。

「……」

軽いストレッチ。関節をよく回し、筋肉をほぐす。
肌を刺す夜気が心地良く感じる程度になるまで、そうかからなそうだった。

「…」

改めて、サーキットに視線を移す。
かつて自分が駆け抜けた場所を穢す事への迷いはもはや無い。
だが、あえてそういう自分になる必要があったとはいえ、アーマーレーサーであった過去を振り切れる自分になってしまった事、そして人気の失せたスタジアムを何時の間にか心地良く感じてしまっている事に、幾ばくかの寂しさを覚えたのも事実であった。

 

 

そして。

≪お待たせ≫

音も無く、琴乃ちゃんが私の傍らに現れた。

「お帰りなさい。首尾は…って、聞くまでも無いみたいね」
≪うん。…来るよ≫

背後の通路奥より足音が近付いてくる。
もはや気配を隠すつもりは無いらしい。
足音が更に近付き、やがて、止まった。
私は背後へ視線を向けた。闇の中に屈強にして豪壮なシルエットが浮かぶ。
雲がゆっくりと流れ、観客席を照らす月光が通路にも差し込んだ。
けれど月明かりを浴びて尚、"ソレ"は闇色を纏ったまま。
その姿は間違い無く、件の黒武者であった。

「いらっしゃい。それじゃ、始めましょうか」





続く


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