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装甲悪鬼村正SS 「装甲仁義村雨 弓聖への鎮魂歌 後編」 [装甲悪鬼村正 SS]

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装甲仁義村雨 弓聖への鎮魂歌 後編

 

 

オヴァムを巡る攻防は、スイス、エジプト、ドイツと、舞台を移すにつれより激しさを増していったが、ここに来て意外な局面を迎えることになる。
裏切り。
新大陸独立派の中のオヴァムの研究チームを中心とした一団が、大英連邦側に寝返ったのである。オヴァムの実験データを手土産に。
私と琴乃ちゃんとオーリガさんは、ベルリンでの激戦の傷を癒す間も無く、彼等の足取りを追跡する事となった。
そして…。

 

 

国紀二六〇〇年 外暦一九四〇年 十二月
大英連邦 プリマス港沖 装備開発試験艦隊


ST-09 ユーウォーキー。大英連邦が制式採用している最新鋭のレッドクルス。ステルスドラコとも呼ばれ、レーダーに察知されにくいという隠身甲鉄能力を、陰義では無く技術で獲得した脅威の量産騎である。
そのステルスドラコが二騎、私の眼前に踊りかかってきた。
こちらは動かず両足で地面に踏ん張り、腰を落とし、大鎚を深く後ろに引き絞る。
タイミングを合わせて、
点火。

「!?」

敵にとっては必殺の間合いだったのだろうが、それは錯覚である。
小型の合当理によって加速された大鎚の一撃は、右から向かってきた一騎に対して炸裂。胴体を甲鉄ごと叩き抉る。
仲間の骸を叩き付けられたもう一騎が固まっている間に、私は振り抜いた大鎚を背中で回し、今度は大上段から打ち下ろす。

ガン!!と小気味良い音が響き渡る。敵騎の上半身の惨状は、固い粘土に拳を振り下ろしたような有様だった…かもしれない。甲板の床を突き破って落下したようで、あまりよく見る時間は無かった。…特に見たいとも思わないが。

≪後方より敵騎!≫

琴乃ちゃんの警告を聞きながら、私は襲い掛かる刃を横っ飛びにかわす。
相変わら敵の隠形竜騎兵は索敵にかかりにくい。
だが問題ない。劒冑が感知した事は、ほとんどラグ無しで私に伝わっている。私と琴乃ちゃんは正に人騎一体だ。オーリガさんが言うには、正しくは心甲一致と言うそうだけれど、そんな大それたモノでは無いと思う。
軽く合当理を吹かし、こちらに無防備な背中を晒す相手に接近する。だが、

「!」

敵騎も然る者。振り向き様に長剣を投げ付け、機銃をこちらに向けてきた。弾種は対艦兵装の徹甲榴弾だろうか。
しかしアーマーレースで培った私の騎航技術ならば、この程度は障害の内にも入らない。
刃を避ける。合当理を吹かせたまま、対手が引き金を引く前に回避機動に入る。
競技用劒冑の最新機構である4WDの母衣が、村雨に極めて繊細な騎航を実現させていた。
…クロスレンジ!

「せぇえあッ!」

胸部甲鉄に大鎚を叩き込む。そのまま翼筒の出力を上げ、甲板の先端まで大鎚に敵騎を引っ掛けたまま騎航する。
力任せに大鎚を振り回し、相手を海に放り落とす。反動で180度反転。着地。
海面を確認する必要は無いだろう。胸部に打撃を受けた時点でほぼ致命傷のはずである。海に落ちればまず助かる見込みは無い。
さて。
合当理に再び火を点し、先程まで戦っていた艦を見渡せる高度まで上昇する。
一拍置いた後、今度は急降下しながら大鎚に熱量を込め、艦橋めがけて振り下ろす。
爆発。
すぐさま離脱する。
艦が軋みをあげながらゆっくりと傾き、沈んでいく。これで四隻目。
燃え上がる炎に追い立てられ、人々が海へと身を投げ出す。どれほどの数の人が命を落とすのか想像もつかない。
かつてジョーンは、小を殺して大を生かす正義を私達に言って聞かせたが、私も同じだ。この艦に積まれたオヴァムに関する研究資料を全て消すために、私は彼らの命とオヴァムの抹消を天秤にかけたのだ。
琴乃ちゃんはジョーンの正義を否定したと言うのに。

≪御堂≫
「…村雨」
≪これは私達二人で決めたこと。だから、最後までやり遂げよう≫
「うん」

オヴァムは多くの人々の命や不幸の元に生まれた。私達はそれを認めない。しかしそれも、より多くの命を救えるのなら正義だとジョーンは言った。
誰がそんな事を決められるというのか。…そんなこと、誰にも決められる権利は無いというのに。
だが、確かにオヴァムで救われる人もいるのだろう。四度独立の為に戦争を起こし、失敗してきた新大陸の人々。彼等にとっては、ジョーンの示す正義こそが何よりも正しいに違いない。
これが正義の真実。正義は、人とその寄って立つ場所の数だけ存在し、今日も人々は己の正義をかざして殺戮を続ける。
私達に正義は無い。私達はただの傲慢な殺戮者。
けれど私達はもう止まれない。琴乃ちゃんが劒冑となった時から、私が武者となった時から、オヴァムは、無辜の人の命を踏み台にして人を救おうとするオヴァムだけは、必ずこの世から全て失くすと誓ったのだ。

ふと、空を見上げる。
天空では、ジョーンが駆るウィリアム・テルが、多数のレッドクルスを相手に見事な騎航を披露していた。更にその向こうには、ガレーキープ級重飛行艦の姿も見える。
数打の集団の中に混じるステルスドラコは見落としがちで脅威かと思われたが、弓聖の瞳は見逃すべくもなく。
バイザーの中、八つの目が輝いたかと思うと、テルは無造作にクロスボウを構える。
鋼の弦が大気を震わせ、必中を約束した回転矢が撃ち出された。
また一騎、また一騎と、大英連邦のクルスが撃墜されていく…。圧倒的であった。

私はあのボルトの威力をその身を以って知っている。何度見ても背筋に怖気が走る。
あの生ける伝説と、これから再びブルファイトを演じなければならないのだ。
私は呼吸を整え意識を落ち着かせると、次の艦を撃沈しに向かう。決戦の時は近い。

しかし。
もう一度空を見る。
…。
……ガレーキープ級にしては、艦載騎が妙に少ないのは気のせいだろうか。

 

 

最後の艦の護衛騎を潰し終わる。
この後の展開を考え、一先ずこの艦は沈没させない程度の破壊に止めておいた。
見渡せば海原に広がる艦隊は、もはや一つとして無事な物は存在しない。先程破壊した艦も、炎を吹き上げながら少しずつその身を海へと沈めていく。
何もかもみな、ほの暗い海の底で眠りにつくのだろう…。

≪御堂≫
「……」

空の戦いも終わったようである。先程まで引っ切り無しに聞こえていた、武者弓による撃墜音はいつの間にか鳴り止んでいる。
私は意を決し、天空を仰ぎ見る。
いた。
傷らしい傷一つなく太陽の光をその身に受け、輝彩甲鉄が眩い輝きを放っている。未だガレーキープ級に動きは無い。
テルを村雨を見下ろし、村雨はテルを見上げる。
私達は互いに目的は同じだったが、共闘する約束を交わした訳では無い。ただそれぞれが降りかかる火の粉の相手をしていただけである。
言葉は、無用だった。

「「ッ!!」」

村雨が陰義を発動するのとテルがクロスボウを構えたのは完全に同時。
テルとの戦いは、まずはじっくり腰を据えて双輪懸…という訳にはいかないだろう。
かの陰義"背理の一射"は、消費熱量の少なさにも関わらず、視線を合わせた目標を徹底追尾する恐ろしい能力なのだ。一度の装甲で連射することさえ難事では無い。
今更ジョーンはこちらの性能を測る等という真似はすまい。一気に勝負を決めようとするだろう。初手の運びに全てが懸かっていた。

いつかの時と同じく、水分操作によって霧が生まれる。とにかく、まずこれをしない事にはこちらは始まらない。

「そう何度も、同じ手が通じるとおもうなッ!!」

ジョーンの猛りが金打声となって私まで届く。
撃発音。
テルが石弓を撃ったの?そんな。ジョーンにこちらの姿は見えないはず…。
陰義ではなく闇雲に撃っただけ?しかし…。
とにかく迷っている暇は無い。今は寸陰の時も惜しいのだ。まずは間合いを縮めなくては。
合当理から勢いよく炎が吐き出される。

「ジョーンッ!」
「言った筈だ!」

霧の向こう、テルに到達した瞬間、テルはこちらに無防備な…いや、長剣を振り上げ待ち構えている!?
予めこちらの手の内が分かっていれば、熱源探査、翼筒の噴射音、そして私の発する気配…ジョーンほどの使い手なら、こちらを補足する事など造作もないか…。

テルの長剣が閃き、銀光が三度走る。村雨も大鎚を振るうが、攻撃速度はまるで比較にもならない。

衝撃。

「がッ!?」
≪胸部甲鉄に損傷!気を付けて!もう一度受けたら破られる!≫

止む終えない…陰義の効果が続く内に一先ず距離を…。

「させると思うか?」
「え?」
≪御堂、上!来る!≫

琴乃ちゃんが反応したと同時に私も知覚する。
上空に四つの"点"を確認した刹那、私は霧を中止。すぐさま頭上に意識を集める。

(間に合うか!?)

村雨の真上に氷の壁が出来た瞬間、四本の矢が壁に衝突した。

(テルの陰義!?)

先程の音はやはりテルが武者弓を放った音であったか。ただし、上空に。

(私が全速突撃で眼前に来ることが分かってたから、ジョーンは空に罠を放った…)

村雨の姿をテルが"見る"こと叶えば、天空に打ち捨てた矢は、すぐさま獲物を見つけて殺到する。
今度は向こうがこちらを研究していたか…。テルとの再戦についてもっと危機感を抱いておくべきだった。
後悔は一瞬。瞬きの彼方へと追いやる。

氷壁が矢を阻んだのは一秒にも満たない。その程度では、弓聖の魔弓は威勢を弱めたりなどしない!

「だぁああああああ!!」

大鎚の合当理から爆炎が吹き荒れた。
氷壁が砕け散る。しかし回転矢が村雨の甲鉄に届くよりも早く、村雨はその身ごと大鎚を回転させる。

「噴射ッ大・回・転ッ重撃ッ!!」
「なァッ!?グッ…が、ァァアッ!!で、出鱈目なッ!!」

村雨と大鎚の勢いは矢を破壊するだけではとどまらない。
霧を現出させて距離をとれば、また同じように迎撃されるだろう。かといって視界良好では、ジョーンは私を狙い放題だ。
ここが正念場。弓聖に一手馳走、そこに活路を見出すのが最良策!
荒れ狂う大鎚の嵐に致命の威力を感じたのか、テルは思わず左手を盾にする。違う、大鎚の側面に叩き付けて来た!?
軌道が変わる。まずい、今度はこの遠心力が問答無用で足枷となり、テルの前に絶望的な隙を晒す事になる。

「村雨!」
≪合当理ッ!!≫

同時に叫ぶ。首元めがけて放たれた正確無比な突きを、かろうじて回避する。
テルはすぐには…撃ってこない。
見れば、胸部甲鉄がひしゃげている。先程の回転撃はクリーンヒットとはいかなかったが、かすめただけでもその威力はテルにとって十分脅威であるようだ。

(村雨の攻撃は一打逆転の力を秘めている…)

勝負はまだこれから。
まずは今のうちに、テルの視界を再びどうにかしなければならないのだが、

「ねぇ村雨、前から試してみたかったんだけど…」
≪御堂!辰巳の上より急速で接近する機影あり!…速い!!≫
「!?」

慌ててその場を離脱する。
私がいた空間を何かが飛び抜けていく。
琴乃ちゃんがこうも不明機の接近を許すとは…これは、
…またステルスか。
甲鉄の信号反射を最小限に抑えることで、通常探査の目を逃れるという最新の隠身甲鉄技術。
一応熱源探査の目は誤魔化せ無いのだが、そうと分かっていながら不意を打たれた事は何度もある。
とにかく。
斜め上方に回避しながら、村雨は騎首を回す。するとそこには…
んなッ!?

「な、何あれは!?」

悪魔。
それは漆黒の悪魔だった。
見るからに分かる重厚な甲鉄に、逞しい、いや逞しいにも程がある暴力的な体躯。
両の手には、赤銅色に輝く長大な剣。
胸部には無造作に三門ほど、砲門のような物も見える。
大きく広げられた母衣などはあまりにもイメージ通り過ぎて、思わず現実感を喪失しそうである。

…あれが劒冑と言うのなら、打った鍛冶師の頭の中を覗いてみたい。

「あれ、は…実験段階の…ユナイテッド…ドラグーンだと!?」

ジョーンが叫ぶ。複合竜騎兵!?なんじゃそりゃ!?
一体何がどう複合なのかは分からないが、とにかく圧倒されるのはその巨躯だった。平均的な西洋劒冑は大和劒冑よりも大きめだが、眼前の化け物は、軽くその三倍のサイズはある。
劒冑って言ったって、えーっとなんだ、あの中にはちょっと控えめになったガリバーが入ってるとでも言うのか?
訳が分からない。
とにかく向こうは、ゆっくりと旋回しながらこちらに向かってくる。

≪ガレーキープ級から出てきた奴みたい…。でもなんでだろう、どことなく大和鍛冶の匂いを感じる…≫
「なるほど、艦載機がやけに少なかった理由はこれだな。重飛行艦内部は恐らく、アレの実験設備で改装されているのだろう」
「…贅沢な」

とは言え、このまま手をこまねいている訳にもいかない。さてどうするか。

≪…御堂≫
「何、村雨?」
≪オヴァムを感じる…。あの中に、六つある≫
「!」

数打に陰義の能力を獲得させるオヴァムは、独立派の切り札だ。
そこにはあるいは、彼等の自由に対する切なる願いが込められているのかもしれない。
だが。
目の前の悪魔からはそんな想いの欠片すらも伝わってこない。
あれは玩具だ。
便利な玩具を見つけた子供が、欲望のままに生み出した、無邪気にして醜悪なガラクタ。
…あんなものまで!
方針は定まった。速攻で叩き潰す。
村雨は速力を一気に引き上げ、虚空を切り裂き敵騎に迫る。

「待て信子!」

敵騎は避ける素振りすら見せようとしない。
愚かな。
村雨の大鎚はまともに入れば、武者甲鉄の中でも最も堅牢とされる肩部ですら、ただの一打で砕き割る威力を秘めている(その分強敵には滅多にジャストミートはしないのだが)。
敵騎はよほど甲鉄に自信があるのだろうか。
ならばその身を以って後悔させてやろう。

「でやぁッッ!」

村雨は正面から大鎚を叩き付け、

ようとして盛大に空振った。

≪ほえっ?≫
「そんな!?」

木っ端微塵に粉砕、では無く。
敵騎はこちらが砕く前に…砕けた!?
いやいやいや。

≪いやいやいや≫

…劒冑との息はこれ以上無いという程にピッタリである。あはは。
このような場合、冷静に状況分析をしてくれるのが劒冑というものなのだが、まぁ琴乃ちゃんはいつだって琴乃ちゃんである。
と、そんな暢気な事を考えている場合では無い。
状況。
大鎚が直撃する瞬間に敵が空中分解を起こした?
馬鹿な。
そんな出来すぎたタイミングで起こり得るはずが無い。今のは何か別の…。
と、そこに、

≪わわわわ!御堂!なんか一杯くるよ!≫
「…いや、一杯じゃこま…わ!がァッ!?どわッ!キャッ!ちょ、ちょっと!?にゃぁあッ!!」

突如襲い掛かった四方八方からの衝撃にもみくちゃにされ、私は思わず情けない声を発してしまう。

「ぐッ、こ…のォッ!!」

熱量を込め、加速した大鎚を周囲に振り回す。が、手応え無し。

「何なのよ一体…」
「見ろ、信子!」

ジョーンの金打声が響き、私は正面に視線を向ける。

敵が、分裂してる…。
それも…ろ、六騎いる!?
これはまさか。

「…そう、これがユナイテッド・ドラグーンの正体。奴は複数の仕手と劒冑によって構成された、合体と分離機構を持つ劒冑だ!」
≪なんだってぇええええ!?≫
「勘弁して欲しいねぇ…」
≪で、でもジョーン。分離した劒冑だって、普通の劒冑よりデカイよ。ホントに人が入ってるの?≫
「…らしい。にわかには信じ難い話だが、少なくとも計画書の段階では、分離状態のそれぞれの劒冑は、中に劒冑を擁しているらしい。劒冑が劒冑を着込む、というのがコンセプトだったと聞く。無論、廃案になったとも聞いた」
≪そんな発想どこから…≫

どうもあの劒冑は独立派が開発を進めていたらしい。
なるほど、研究陣が寝返ればこんな展開も有り得るか…。
ジョーンとしてはたまったものでは無いだろうが。

「そして…」
「?」
「あれが最後のオヴァムだ」
≪ッ!!≫

息を呑む。
やっぱり…。
何とはなしにそんな予感はしていたのだが、改めて言われてみると緊張で身が固くなる。
ついにここまで来たか。そんな思いで胸が一杯になる。一抹の苦味と共に。
何がどうあってもアレを砕くと、改めて私は決意を固めた。
だがその前に、

「どうも私達、"決着のときは今。最終決戦の火蓋は遂に斬って落とされた!"…という訳にはいかなくなったみたいだね」
「そのようだな」
≪まずはアレをどうにかしないとね≫
「それよりも気を付けろ。奴の両手の長剣は、試作型の対竜騎兵用ヒートブレードだ。直撃すれば容易に甲鉄を抜かれるぞ」
≪そ、そんな物が何時の間に?≫
「…いや、あの武装は、仕手の腕まで焦がすという欠陥を克服出来ず、実用化は見送られたはずだが…」
「…」

ジョーンは既に共闘の意思を固めてるらしい。相変わらず切り替えが早い。
が、こちらとしても特に異論を挟む理由は無かった。
ジョーンとテルの恐ろしさは骨身に染みている。
敵に回せば恐怖の代名詞だが、一たび味方に転じれば、これほど背中が安心できる武者はそうはいない。
それにしても。

「なんなのあの劒冑。趣味と欠陥アイディアの寄せ集め?」
「どうも連中、形振り構わなくなったようだ。恐らく中の仕手も、尋常な状態ではあるまい」
≪そんな…≫
「ンッ、来るぞ!」

分離した六つの敵騎が、弾丸のように真っ直ぐこちらへと突撃してくる。

回避はさして困難では無い。
村雨とテルは危なげなくその場から離れるが、連中はそもそもこちらに攻撃するのが目的では無かったようだ。

空を上昇しながら六騎が一箇所へと集う。

合体。

見事な物である。こんな状況でなければ、思わず賞賛の拍手を送ってやりたくなるほどに、スムーズかつ迅速な合身であった。
…忌々しいことこの上ない。きっと飛行艦の中では、技術者連中が小躍りしているのではなかろうか。

「ジョーン、私が行く。ジョーンは、」
「いいだろう。信子が奴の隙を作った所を私が射抜く。テルの矢からは何者も逃れられん」
「よし!」
「落ちるなよ?村雨」

ジョーンの呟きを背後に、私はあの悪魔目掛けて一気に加速する。距離は間もなく至近!

と、次の瞬間。
胸部の砲門がこちらに向けて伸ばされる。

「大砲?でも」

通常火器の武者に対する有用性は微々たる物だ。
武者の機動力は容易に捉えられるものではなく、よしんば直撃したとしても、甲鉄の守りがその威力を打ち消してしまう。
それこそ包囲攻撃で集中的にでも撃たない限りは…。

≪…あの三つの砲身がそれぞれ連射型では無いのは明らか≫
≪だと言うのに、あの怪物は私達に火砲を向けてきた…。どうして?≫
≪武者の射撃兵装で甲鉄を貫ける物なんて……あ、ま、マズいッ!!!≫
「村雨?」

やにわに琴乃ちゃんが絶叫する。

≪御堂!避けて!≫
「え、でも…ど、どっちに?」
≪うー、えーっと、あー、上!!とにかく上上!≫

上、つまりあの砲門が向けようの無い背中に抜けろということか。
私は琴乃ちゃんの言葉を信じる。
攻撃を中止し、今度は騎航に専念する。
こちらの意図を察したのか、敵騎もなんとかこちらを撃ち落そうとピッチを上げ始めた。一瞬戦慄が走るが、

「 T h e   p a r a d o x   o f   " t e l l   a n d   a p p l e " 」

ピッチを上げながらこちらに追随しようとしていた敵騎目掛け、テルの"背理の一射"が撃ち出された。

腹部に綺麗に直撃。

しかし、

「無傷だと!?」
「うそぉ」
≪これは…≫

琴乃ちゃんの声に驚愕の震えが混じる。

≪これは、玉宝甲鉄…≫
「むッ」
「なんだか聞いた覚えがある。なんだっけ」

記憶の片隅に引っかかるものがある。たしか、西洋の甲鉄の…。

≪玉宝甲鉄(アダマンタイト)。輝彩甲鉄と並ぶ西洋鍛鉄術の極上。城に踏まれても形を変えないとか、信じたくない伝説がある位なんだけど…≫
「それがテルのボルトを阻んだか。贅沢にもたっぷりと使用しているようだな」
≪無傷では無かったみたいだけど、簡単には破れないかも。オヴァムの力で甲鉄が強化されてる可能性もあるし…≫
「それより村雨。さっきの砲撃は何だったの?武者の甲鉄でも受けたら危険なシロモノ?」
≪あれは、≫
「…高速徹甲弾か」
「はい?」
≪対竜騎兵用高速徹甲弾。御堂も以前、オーリガさんから教わったでしょ?≫
「!」

ADHVAP。次世代の対武者用射撃兵器。
タングステン製の弾芯を軽合金で包んだ二重構造によって、武者の装甲に対しても高い貫通力を誇る。
対武者用に砲弾の重量を相当に軽く設定しているらしく、その初速の速さから、近距離では武者の反射神経を以ってしても回避は困難なんだとか。
材料が貴重とかでまだ量産化の目処は立っていないそうだけど…。まさかそんなものまで。

≪また来た!≫

話し込んでいる時間は無い。テルは下方、村雨は上方。間をあの怪物劒冑が騎航している。
高度優勢はこちらにある。
武者の甲鉄をモノともしない長剣と砲撃を相手に、どう立ち回るか。

「村雨、双輪懸に入るよ!」
≪何か手が?≫
「…陰義を使う!」
≪待ってました!≫

琴乃ちゃんの快活な声が響く。
うんうん、やっぱり琴乃ちゃんは元気が一番だねぇ。

≪仁義礼智忠信孝悌≫
「水神祈祷!!」

陰義は熱量の無駄遣いにはならない程度に調整。敵騎との間に軽く霧を作るのに止める。
この霧は私達の肌そのもの。この程度の力でも、敵騎の大まかな向き位ならなんとか分かる。現在の軌道なら火砲の脅威は問題無いようだ。

「合当理!」
≪全開だねッ!!≫

霧の向こうでは果たして敵騎はいかなる状態か。もしかすると、刃を振り上げこちらを待ち受けている可能性もある。
関係ない。
速度よし。高度よし。気合よし。最大戦速で駆け下り、敵騎が準備を整える前に叩き割る!!

「村雨、大鎚に熱量集中!」
「合点。ガツンと行こうね、御堂!」

霧を突き抜ける。
敵騎の眼前に…躍り出た!
見える。対手もこちらに向きを直し、右の長剣を叩き下ろそうろしているのが。
だがしかし。
何もかもが遅い!!

「  イ  グ  ニ  シ  ョ  ン  !  !  」

爆炎吐き出す大鎚の破壊力は、果たして玉宝と呼ばれた轟鉄を崩すことが叶うかどうか。
一手、お試し御覧あれ。

「噴射ッ爆砕撃!!!」

狙うは一点。
"背理の一射"によってわずかにひびの入った腹部甲鉄。
十分だ。
あの怪物がいかに頑強であれ、どんな甲鉄だろうと、ただ叩き穿つのみ!

炸裂。

琴乃ちゃんの言葉では無いが、正にガツン!!という擬音そのままの衝撃と打突音が海原に響く。

「さすがにッ!」
≪固い!≫

めり込んだ!
浅くは無いが、かと言って粉砕には程遠い。
敵を自由にする訳にはいかない。
急いで合当理に給熱、敵騎を抑えたまま、村雨は空を駆け下りる。
しかし、この後どうする!?

「村雨!そのままこちらに放り投げろ!!」

ジョーンの強い金打声。
迷ってる猶予は無い。私は丹田に力をかき集めた。

「無茶言って、くれちゃっ、てぇええええ!!!」

再び大鎚が燃え上がる。握り締めた拳は今にも柄をへし折りそうだ。

「ぬぅんッッ!!」

下降の勢いも手伝って、敵騎を勢い良く投げ落とすことに成功した。
後は弓聖のお手並み拝見といこう。

テルの左腕が天空に掲げられる。盾の役目も備えた攻防一体のクロスボウが、落下する敵騎へと狙いを付けた。
強弦が力強く巻き上げられ、太く、そして短い、凶悪な回転矢が装填される。
特にテルの持つ石弓は、連射性を犠牲にしてまで威力を突き詰められているのだ。
だが、

「テル。ディスパーション・ショット」

"背理の一射"と同じくテルが備えた必殺の弓撃。ただの一射で複数のボルトを撃ち出す反則射撃。

腹部を損傷したからか、敵騎はテルに向かって自由落下してきている。
チャンスだ。陰義で直撃の運命を与えるまでもなく、射抜くのは容易い。

命中。

腹部も含め、数箇所をボルトが襲う。
だが刺さったのはやはり腹のみか。
しかしジョーンにはそれで十分だろう。
矢を放った直後、テルはその輝彩甲鉄が可能とさせる、圧倒的な上昇力を以って敵騎を急襲する。
テルの刃は、さながら流星の如き鋭さを見せ、敵騎へと吸い込まれた。

耳をつんざく様な鋭い音が木霊する。しかる後離脱。

テルが離れた後、そのまま海面に叩き付けられるかと思ったが、直前で敵騎は合当理を噴射させ、海面すれすれを騎航する。
…速度は中々のものだ。あの巨躯でよくもまぁ…。
まともにあの速さを発揮させる前に、ダメージを与えられたのは僥倖かもしれない。

≪ね、熱量圧縮型、三発ターボジェット推進…あ、あふたーばーなーつきぃ!?≫
「試作パーツのごった煮だな。さすがに実用化に耐える完成度では無いと思いたいが」

怪物の背中を見た琴乃ちゃんの驚きに、私の脇へと並んだジョーンが応える。

「敵のクルセイダー達は、いまだあのクルスでの太刀打ちに習熟していないとみた」
≪確かに。あの劒冑は、筋力増強と合当理のそれぞれの熱量配分を別の仕手が担当してるみたいなの。本当だったらとんでもない脅威だよ。だって合当理も全開、攻撃も全開なんて反則だもの≫

同意だった。
あの劒冑の潜在スペックは、村雨とテルを同時に相手しても、十分互角以上に渡り合える程のモノを秘めている。場合によっては圧倒さえ出来るだろう。
なのに、

「噛み合っていない」
≪うん。あれは所詮カタログスペックだけの実験機。私達の敵じゃ、わあッ!?≫

琴乃ちゃんの叫びはそのまま私の代弁でもあった。
ようやく旋回し、こちらへと向きを変えたかと思ったあの悪魔が、

目の前にいる!?

「ぐッ!?」
「チィッ!」

回避など全く行えず、二騎とも無様に相手の長剣をその身に受ける。

「…あ…ぐ、あぁ、ぁぁあぁ…」

戦車の正面装甲にも勝るとされる劒冑の甲鉄が、防刃技術の粋を凝らした頑強なな胸部甲鉄が、まるでバター同然であるかのように斬り裂かれた!?
隣を見れば、テルも肩から胸にかけて深く刃の痕を残す。
一撃で大打撃である…。

≪ジョーン?≫

ジョーンからの応答が無い。

「ジョーン!!」
「…聞こえて、いる。さすがに、先程のは効い、た」

私はハッとした。テルの胸部甲鉄は村雨の大鎚によるダメージが回復しきっていないのだ。
それは私も同じなのだが、甲鉄強度や回復力の差か…。
ウィリアム・テルは騎航速力や上昇性能こそ凄まじいが、その分の帳尻は別の部分が埋め合わせている。
完璧な劒冑など存在しないのである。

敵騎の勢いは先程のダメージで衰えるかと思いきや、むしろその勢威はそれまでの比ではなく、恐ろしい速度を弾き出してこちらへと向かってくる。
あの剣は二度と受けられない…。
その時こそあの恐るべき溶断力は、間違いなく、村雨から継戦能力を根こそぎ奪うだろう。

≪撃ってくるよ!≫

二騎がそれぞれ別方向へと飛び去る。
砲門は…こちらか!?

爆音。

「がッ……ぐ、ぐぅぅッッ!!」

避け損ねた。

「…づッ、村雨…損傷、状況は?」
≪腰を掠めたみたい。奇跡的に母衣は無事だから、とりあえず騎航には問題はないけど≫

何よりだ。
母衣は揚力や飛行の補助、姿勢制御を担当する。
この高度では低空ほどの加速性は発揮出きないのだ。旋回性まで低下しては、今度こそ命運尽きるかもしれない。

≪注意して。今の腰の正面甲鉄には防御力は無いも同然だから。もう一度ダメージを受けたらどうなるか分からない!≫
「ッ!…あんなの掠るだけだってもう御免だね」

…どうも相手は、こちらの思いも寄らぬ切り札を残しているらしい。
現在はまた通常の騎航に戻っている。理由は不明。
とはいえ。
先程の騎航速度、加速力、それに斬撃速度。どれもこちらの想定していたスペックを圧倒している。
受け手に回って手の内を見極めたい所だが、そんな余裕があるかどうか。
熱量が底を付き、攻撃に移れぬまま敗死する可能性もあるし、下手をすれば一方的に攻撃を食らうだけになるかも分からない。
打って出るしかないか。
と、そこへ、

≪あれ?≫
「どうしたの村雨」
≪敵騎の腹部が…≫

腹部?先程損傷を与えた部位の事だろうか。
こちらを横切った後、上昇してテルを追い始めた敵騎の損傷状態を、目を凝らし確認しようとして……固まった。

「ぜ、全快してる!?」

そんな、いくらなんでも早すぎる!

「どうして…」

敵騎は再び高速騎航を行い、あっという間にテルとの距離を詰める。
ジョーン一人に相手をさせる訳にはいかない。私も慌てて後を追った。
向かう先では、テルが敵と斬り結ぼうとしている。
敵騎の二刀はさながら暴風のような勢いでテルへと襲い掛かる。熱量を分担しているとはいえ、あまりにも速過ぎだ。
…というか、敵も若干、その剛力を持て余しているかのように映るのは気のせい?

「剣で私に挑むか」

ただの一撃さえ致命傷に繋がる剣戟の中、テルは果敢にもその網の目をかいくぐり、化け物の懐へと潜り込む。
上手い!

「シッッッ!!!」

また!?
完全に無防備な胴体をさらし、テルの長剣が装甲の繋ぎ目に突き刺さるかと思いきや、敵騎はまたしても脅威の騎航を見せ、テルから一気に距離をとった。

「何処へ行くか!」

振り向き様にテルから回転矢が放たれる。
ロクに狙いを付けていない為、発射方向はデタラメだ。
だが関係ない。
仕手の視線を矢が自動追尾する。それがテルの陰義。
ジョーンの視線が捉え続ける限り、対手は射抜かれるまでボルトに追われ続けるのだ。

敵騎の背面に被弾。

合当理の一つが大破したか!?
敵騎は高度を下げるが、再びジョーンとの双輪懸に挑む。

「人気者で嬉しい限りだな…」

ジョーンの声には、迷い込んだ獲物を前に喉を鳴らす獰猛な野獣の雰囲気があった。
化け物劒冑が今度は火砲を向けてきた。正面から撃ち抜くつもり!?
だがジョーンは私よりも早く敵の手を読んでいたのか、既に対手の射界から逃れようとして…
近付いている!
呆れた…。
火砲の狙いからギリギリの所を外れつつ、徐々に距離を縮めようとしているのだ。
一瞬でも騎航をミスれば木っ端微塵にされる。

≪…武者歴一年未満の御堂は安全運転でお願いね?≫

震えた声の琴乃ちゃん。
言われなくとも…って、いやいや、私達だっていつも突貫の繰り返しだよ…。

≪!!≫

マズい!?
両者の距離は今にも零になろうとしている。
ここまでは大したものだ。
しかしその瞬間、
ADHVAPの射界に、テルが、入るッ!!

「知らないのか?私の剣はカノンより速い」

ジョーンの声は至って涼やか。この期に及んで天晴れな胆力である。
刹那、弓聖の長剣は村雨の動体視力を以ってしてなお、一突きの閃きとしか映らなかった。

だがしかし。

「…無明剣。フッ、何事も覚えておくものだな」

怪物竜騎兵の三つの砲門が爆発した。
敵騎は砲門から火を吹きながら、ゆっくりと墜落していく。
今の剣技は、一体?というか、あんな隠し技があったなんて聞いてない。
…とにかく今は、

「村雨!」
≪今度は私達の番だね!≫

さて、一つ試してみよう。
心の中でそう独りごちる。
反応は無いが、琴乃ちゃんが私の意図を瞬時に理解したのが分かった。

≪仁義礼智忠信孝悌≫

村雨の水晶が輝くと共に、周囲の海から何本もの水流の柱が伸び、村雨の周囲を螺旋を描く様に漂い始める。
出来た!
村雨の陰義は水分を自在にコントロールする事が可能である。これまでは海上での戦闘経験が無かった為試す機会が無かったが、やはり海水も操作出来たか。むしろ大気中の水分を弄るよりも容易い!

≪水神…≫
「…祈祷!!」

海中から氷山が天を突くように飛び出し、落下中の怪物竜騎兵を弾き飛ばす。
かと思うと、今度は氷山がバラバラに弾け飛ぶ。空母すら引き裂けるであろうというサイズの氷山が、突如現れたかと思ったら粉微塵…我ながらとんでもない光景を引き起こしたものだ…。
この氷山はいつかのグレムリンの再現。逆カルノーサイクル。純粋な冷却系の発生。
同じオヴァムを積み、かつより進んだ陰義を獲得した村雨なら、グレムリンと同じ芸当も可能と踏んだが、予想は的中したようだ。
…と、まだ終わってはいない。
陰義に意識を集中させる。
宙を舞う氷の破片は、うねり狂いながら水流に変化を遂げ、村雨を護るように包み込んだ。
村雨が大鎚を掲げると、膨大な水が一気に先端部分に集中する。膨れ上がったそのサイズは、元のソレとは比べるのも馬鹿馬鹿しい程だ。
…重い。重いのであるが、不思議とその重さは、実際の水の体積とは釣り合っていないように感じた。
とりあえずブン回すのには問題無い。

≪これで!!≫
「  イ  グ  ニ  シ  ョ  ン  !  !  」

大鎚の合当理、その噴射部の軸線上部分の水が、巨大な噴射口へと形を変える。
もはや火炎放射レベルのかつてない爆炎が、超特大ハンマーに必殺の加速力を発生させた。

「噴射ッ、極大・爆砕撃ィッ!!!」

落下中の怪物竜騎兵に向かい、高度のタイミングを合わせ、大鎚を叩き下ろす!

直撃。

回避も防御も出来ず、無防備に大鎚の一撃を受けた敵騎は、全身をぐしゃぐしゃにしながら海中へと没した。
…これを受けてさえバラバラにならないのだから、玉宝甲鉄恐るべし。

「ハァハァハァハァ…」
「…呆れたな。村雨には未だ秘められたポテンシャルがあるらしい」

そう言いながら、テルが村雨の横に並ぶ。
二騎は敵騎が落下した辺りをゆっくりと旋回した。

「…やったかな」
「だと思いたいが」
≪…≫

琴乃ちゃんは無言。

「どうしたの?村雨」
≪…敵騎の一時的だけどあの異常な加速力、通常の武者の常識では考えられない桁違いの治癒力、仕手の体すら壊しかねない攻撃速度≫
≪なんか引っかかるんだよなぁ≫
「甲鉄が戦闘中に修復されていたのは…つまりあの悪魔がブラッドクルスということだろうな。となるとあの加速力はアウトロウによるものか?しかし、確かにあの性能は妙だな。修復に全力で熱量を回しても、通常あれだけの短時間では不可能だ」
「通常じゃない…つまり無理してるってことかな?」

考えていても答えは出そうに無い。
オヴァムなんかを六つも積んでいるのだ。どんなビックリ箱が誕生してもおかしくは無い。
まぁどの道、敵は海の藻屑と化してしまった。あの劒冑について考えるのは後にしよう。
それよりも今は、

≪そういえばジョーン、この後…どうするの?≫

緊張が走る。
私達のケリはまだ着いていない。
ジョーンがその気なら、私はどうする?

「その事か。…そうだな。私は…むッ!?」

音?これは、どこから?

≪海中からだ!≫

海面の波の揺れが静止する。かと思うと、今度はいきなり渦を巻き始めた。
何とも形容しにくい音である。例えるなら、海中で台風が発生したならばこのような音が生まれるかもしれない。…何言ってんだろ私は。

「これは…まさか」

巨大な水飛沫を上げながら海面を突き破ったのは、

≪で、出たぁッ?!≫

琴乃ちゃんがお化けでも見たかのような悲鳴を発する。唖然としていて声が出なかったのだが、私も似たような気分である…。

目の前には、未だ海水を滴り落としながらこちらを睨み付けるあの悪魔の劒冑の姿があった。
見れば、先程村雨とテルが付けた損傷が、かろうじて戦闘可能な程度には既に復元されている。
ギリッと奥歯を噛み締めながら、私は迫り来る絶望を必死で押し戻す。

「どうなっている…敵騎の甲鉄修復力は化け物か?」
「キリが無いよねぇ…どうも」

ジョーンと私が息を切らしながら愚痴をこぼす。互いに余力などほとんど残ってはいない。

≪思い出した…。私が最初に感じた違和感はコレだったんだ…≫

…琴乃ちゃん?

≪…お母さんから教わった覚えがある。昔、大和劒冑には、熱量を一時的に圧縮して、劒冑の諸性能を向上させる陰義があったとか…。どこの一門だったかなぁ。…とにかくもし、敵騎がその陰義を有しているとしたら、あの出鱈目な回復力にも説明がつくよ≫
「つまり、大和鍛冶のどこぞの一門、ないしその技術を継ぐものが、あれの鍛造に関わっていると?」
≪そういうこと。まぁ私が言いたいのは、敵騎のあの性能の異常な底上げには、しっかり限界があるってこと≫

なるほど…。少なくとも相手の力の本質が分かっていれば、打開策を立てる余地も生まれる。
…実行するだけの余裕があればの話だが。

「次のコンタクトに全てを込めろ。出し惜しみは無しだ。どの道、消耗戦になってはこちらに勝ち目は無い」

そうなのである。
敵騎の陰義は、言ってしまえばその場しのぎの裏技に過ぎないのは分かった。
こちらに十分な余力があれば、陰義を無駄打ちさせ、六人分の熱量が切れるのを待つのも悪くない手なのだが…。
…現状では、こちらが先にフリーズを起こしかねないのだからどうしようもない。
先程の巨大ハンマーの噴射の際に、かなりの熱量を使ってしまった。さすがにあのサイズに勢いを付けるのは無茶だったか…。
ジョーンとて連戦で陰義を連発しているはずだ。いくらテルの陰義の熱量消費効率が優れているとはいえ、先程の様子からも限界が近いのは明白である。
まぁようするに、

「力技だな」
「だねぇ」
≪…まぁ敵騎の限界は概ね見えたし≫
「向こうも確実に消耗している。付け入る隙はあるだろう」
「うん」
「いくぞ」

やるっきゃない。
私達は言葉少なに行動を開始した。

「村雨は力を溜めていろ。決定的な隙は私が作るッ!」

そう言い残し、テルが敵騎へと突撃する。
言われなくても、こちらにはもう無駄にしていい熱量など残ってはいない。
そう…あと、

≪あと一度の突撃が限界?≫
「え」
≪いやぁ、なんだか前にもこんな事があったよね≫

テルとの、ジョーンとの初めての対決の時か。
まだあれから一年と経ってはいないが、思えば随分と遠くまで来た気がする…。
私達は大和を飛び出して世界を回ったし、大和でもとんでもない大事件が連続していた。
…いや、今もか。
現在は、六波羅幕府とGHQが普陀楽城にて激戦を繰り広げているという。
全てが終わって大和に帰った時、私達はどうしよう?

≪御堂、感傷に浸ってる場合じゃないよ≫

…自分でふっといて。
そりゃあないよ琴乃ちゃん(泣

どれ、私はその時に備えて準備するとしますか。

 

 

先程琴乃が看破した敵の陰義、曽祖父の残した書に記されていた"気組"と見て間違いは無いだろう。

「これも奇縁か…。存外、身近に転がっていたものだ」

私の剣といい、全く。
…いや、今は無用な感傷は振り捨てなくては。

「──────」

背後では村雨が用意を始めたらしい。
よし。一撃の破壊力は村雨の方が上だ。私は私の役目を果たそう。
崖っぷちではあるが勝算はある。そう、琴乃と信子だ。
複合竜騎兵との戦いで見せた村雨のポテンシャルは、まだ上があるように感じられた。
今の信子がそれを発揮するにはあるいは荷が重いかもしれないが、アウトロウに集中するだけの時間はなんとか私が稼ぐ。
その後は…フッ。どうせまたなんとかしてしまうのだろう。あのコンビには、崖っぷちでの往生際の悪さでは幾度と無く驚かされてきた。
では、

「参るッ!」

怪物の動きは鈍い。
元より旋回性は劣悪であったが、現在は速力も大幅に低下している。
だがどうせ、

超加速!

やはりそれに頼るか。
敵騎は瞬く間にこちらの眼前へと迫り来る。
避ける訳にはいかん。背後には村雨がいるのだ。
もはや熱量も枯渇寸前だというのに、どこからだろう、私の中に力が満ちていく。
そうか、これが。
守る戦いか。
悪魔が刃を振り上げる。リーチの差は圧倒的。先手は譲ろう。
陰義の力に身を任せ、双剣が諸共に振り下ろされようとしていた。
滅茶苦茶な剣技だ。
しかし熱量のスーパーチャージという奥の手が加われば、その剣速は、私がこれまでに対峙したいかなる好敵手をも凌駕する。
音速の斬撃。
私が備える術技の中に、アレに対抗する手段はあるだろうか。
検討。一件あり。
…これしかないか。

「無明剣ッッ!!!」

魔剣の域に届こうかという超高速の三段突き。
勝負を託すならこれしかない!
両の長剣に対し突きを二回。それぞれを相手の刃に合わせる。
…軌道を反らせる事に成功。
最後の三段目は、相手の胸部を…突こうとして、刃が欠けているのに気付く。
これが限界か!!

対手はこちらの反撃に恐怖したのか、本能的とも言える反応で上空へと逃れる。
安堵した。村雨に特攻されては目も当てられん。
…視界が揺らぐ。
あと一度。あと一度だけだ。
この体よ、弓聖テルよ。私の意地を支えてくれ。

「撃ち抜く」

上空の悪魔に狙いを定め、今一度巨大なクロスボウに、必中を運命付けられた回転矢が装填される。

「 T h e   p a r a d o x   o f   " t e l l   a n d   a p p l e " 」

放たれる魔弾。
敵騎は避けるそぶりもみせない。
しかし、

「分離したか!だがッ!!」

往生際の悪い!
今の敵騎の甲鉄ならテルのボルトで穿つことなぞ容易い。
だというのに、怪物はその体を六つへと分離し、バラバラに飛び退る。

放たれた一射が六つの軌跡に分かたれた。
背理の一射+分散射撃。
かつてこの奥義を受けて生き延びた敵は一人しかいない。
私の矢は必中必殺。この真理、阻めるものなら阻んでみせよ。

「逃さんッッ!」

直撃。

六つの必中矢は、過たず的を射た。

「「「「「「グ、グォオオオオオオグァアアァアアアァアアア」」」」」」

この戦闘中、初めて敵のクルセイダー達と思われる金打声が響いた。
よし、追い詰めている!
と、
弓聖が、堕ちる。
どこにそんな余力があるのか、怪物は蒸気を吹き上げながら急速に損傷を修復しつつ、再び合身した。
だが、未だあの悪魔には六つのボルトが刺さったままだ。
敵騎は身動きがとれず、空中で合当理を噴射させたまま悶え苦しんでいた。
私の方はというと、この高さは…まずいな。

「行け…村雨」

 

 

勝機到来ッ!!!

「村雨、あなたの力の全てを頂戴!じゃないとあの劒冑には勝てない!!」
≪…合点!目ぇ一杯で行くよー!!≫

村雨の全身の水晶が、これまでで一番の光輝を解き放つ。

「水気入神」
≪刮目せよ≫
≪そは青龍の御霊の加護にして怒りなり!≫
「水神祈祷!!!」

カッ!と辺りに閃光が広がる。
目が眩むような輝きの中、私の目に映ったのは、

大鎚の上に形成された、長大な氷の刀身であった。

「お、大きい…」

刀身だけで村雨の全長の三倍は超えるかもしれない。
このサイズともなると、斬馬刀などという生易しいレベルでは無い。叩きつければ一撃で空母すら、文字通り両断してのけるだろう。
そう、言うなれば、

「…ざ、斬艦刀?」
≪違う違う。氷刀村雨丸だよ。今名付けたけど。とにかく気を付けて。刀身の維持の為に、御堂の熱量がどんどん消費されちゃうから≫
「承知!」
≪あ、今のカッコいい≫

熱量は枯渇寸前。出来ることなどたかがしれているが、問題ない。
元より複雑怪奇な事をするつもりは無かった。こんなデカイ得物を器用に取り扱う技術などわたしは有していない。
全力至極で突貫、敵を叩っ斬る。それだけだ。

「村雨、"アレ"を使うよ」
≪……合点。私と御堂の全てを出し切ろう!≫

この局面で使う私達の最後の切り札と言えば、これしかない。

魔翼・アベンジザブルー。

使うのはこれで三度目だ。まだ、たったの三度である。
騎航中に術式の制御を誤れば、脅しぬきで一瞬でバラバラになりかねない、村雨の未完にして不敗のラスト・アーツ。
一瞬、私の心に不安がよぎる。

(…村雨、勝てるかな?)
(御堂は私の力を信じて。私は御堂の力を信じるから。大丈夫。それで上手くいかなかった事なんて一度も無い!)
(琴乃ちゃん…)
(だって、御堂は何だって出来るんだもん。そうでしょ?)

そう言えばそんなことも言ったっけ。
ありがとう、琴乃ちゃん。
迷いは消えた。
さぁ、後はこの戦いに幕を下ろそう。

合当理全力噴射。
同時に、村雨の周囲が氷に覆われる。

≪氷鎧鍛造≫

武者村雨は、一瞬にして紛い物の逆襲騎へと変貌を遂げた。
そうだ。これが私達の、

「 ア ベ ン ジ ・ ザ ・ ブ ル ー ! ! ! ! 」

爆発…違う。村雨が超新星の如き光を爆音と共に放射したのだ。
音速の壁を突き破った瞬間、村雨を覆っていた氷の鎧が砕け散る。
…しかし速度は、落ちない!?

(安定した!?)
≪どの道長くは持たない!≫
(ッッ!!!)

一条の煌めきが敵騎目掛けて伸び続ける。
ここが世界の先端か。
今はもういない親友が、求めて止まなかった世界か。
こんなにも孤独で、いや…
親友の青い騎影が、見えた。
そっか…そこにいたのね、操。
結局一度も、この目であなたの"アベンジ"を見守ってあげることは出来なかったけど、

その青洸の走りは、私達が受け継ぐッッ!!!

三度発動に及んで遂に……今、ここに完全なる"逆襲の青洸"が実現された。

「切り捨て御免ッッ!!真打村雨、仕るッ!!!」

擦れ違い様に敵騎を薙ぎ払う。
斬った、という感触すら無い。
正真の逆襲騎の超加速は私からこの世の全てを引き離す。
勢いは消えず、背後に浮かぶ飛行艦に向かって村雨は一直線に空を駆け上る。いや、切り裂く!

背後で爆発音が聞こえた気がした。

構ってはいられない。ここで集中を途切れさせればそこまでだ。

(ッッッ!!)

刃こぼれをおこしていた刀身が瞬時に復元される。
あまりにも、早すぎた。

≪これは…≫

村雨の陰義"水神祈祷"は、何も万物に存在する水分をコントロールする事だけが全てでは無い。操る水分そのものを無から生み出す、つまり"水分創成"こそがその神髄なのだ。
不可能現象を可能とする本物の神秘。有り得ぬ空想を現実にする超常能力。それこそが"アウトロウ"の本質である。
村雨は氷刀を振り上げた。

「だぁあああぁあぁぁぁああああああぁあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

…。

……。

………。

衝撃は…無い。

気付いたときには、私の目の前にはただ夕焼けの空が広がっていた。

再び背後で爆発音。今度は桁違いに大きい。

世界最大を誇る浮遊城塞、ガレーキープ級重飛行艦が、火薬の誘爆であろうか、凄まじい炸裂音と共に大爆発を起こしていた。
爆弾積載量においても最大であるという特徴が、皮肉にも轟沈の際に如何なく発揮されている。

≪御堂…やったねって、御堂!?またぁ!?≫

いや、またでは無い。いつぞやの時とは違う。
フリーズ。
今度こそ全てを出し尽くした。もう合当理に火を着ける熱量の一欠片も残ってはいない。
万が一の為にと艦を一つ残していたのに、これじゃあ意味がない。
村雨が今にも海面に落下しようとした瞬間、

「おっと。我ながら賛辞を送りたいタイミングですね」
「オーリガ…さん。どうし、て」

藍色の大和劒冑…オーリガさんが私を受け止める。
彼女の劒冑の銘は蛍丸。母方の曾祖母が大和人らしく、その人が嫁いできて以来オーリガさんの家で大事にされてきた劒冑らしい。
軍人の家系らしいが、現在彼女は家元を離れ、しかも殺生を禁じているのだとか。その理由は今も知らない。
ただその為、彼女は直接的な戦闘は極力避け、いつも後方で私達を支援してくれている…いるのだが、
オーリガさんは私を支えたまま、最後の艦の甲板上に着陸した。
既にそこには、生身のジョーンがコントラバスと共に寝かされている。

≪…大丈夫。命に別状は無いよ≫

ジョーンもオーリガさんが助けてくれたのだろうか。
いつもいつもこの人は美味しい所を逃さない。

「すぐにここから離脱しなければ。現在この宙域に連隊規模の竜騎兵部隊が接近中です」

混濁した意識の中で、オーリガさんの切迫した声が響く。
連、隊?
何だろう。何か、凄くマズい気が。れんたい…連体…連帯…れんた…

「連隊!?ゲホッゲホッ!!」

思わず無理に叫んで咳き込んだ。

「…申し訳ない。一応時間を引き延ばすよう手は打ってみたのですが…」

いや、それどうやったんですか…微に入り細にわたって聞いてみたいのだけど。

「ならば、私が迎え撃とう」
≪ジョーン!?≫

ジョーンが重い体をコントラバスを支えにして立ち上がる。

「…二度だ。お前達が私の前に立ちはだかったのは。そして、不敗のはずのテルの道を阻んで見せたのは。三度目は…もう必要あるまい」
「違…う。わたし、は」

先程の勝負は、化け物竜騎兵の乱入で決着は付かなかった。駄目だ、ここでジョーンを行かせてはならない。

「私も残りましょうか」
「それは心強い…と言いたい所だが、それでは傷ついた琴乃と信子の面倒を見る者がいなくなる。二人のことはお前にまかせたい」
「…承知いたしました。必ずや」

オーリガさんは目を閉じ、静謐な雰囲気を纏いながらジョーンに一礼する。
いけない、オーリガさん。私は、まだ…。
伝えたい言葉があるのに、私の口から言葉が出ない。
ジョーンにだって、引き返せる道があるかもしれないのだ。生きてさえいれば。
私と琴乃ちゃんにジョーン、それにオーリガさんもいれば、この難事だって切り抜けられるかもしれない。
だと言うのに、この体は言う事を聞かない。お願い、動いて…。
瞼が落ちようとする中、ジョーンのコントラバスの音色が耳に届く。
かつて沈み行く船の中で聞いた、引き込まれそうな見事な演奏。その音が優しさを帯びているようなのは私の気のせいだろか。

装甲楽曲。

曲が最高潮に達した時、コントラバスが弾けた。閃光。

輝きの向こうには、全身傷の無い部位など一つも存在しないボロボロな弓聖の姿がそこにあった。
なのにその迫力は、夕日を浴びて煌めくその威容は、今まで見た中で最上を放っているのは何故だろう。
劒冑を纏ったジョーンが、力強く一歩を踏みしめる。

「ジョー、ン」
「違うよ、今の私は」

稀代の英雄が愛用し、その死後に彼の偉業を称えて冠されたとする、伝説の西洋真打のその名は、

「弓聖ウィリアム・テル、推参!」

 

 

装甲仁義村雨 弓聖への鎮魂歌 後編 了


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