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「真装甲仁義村雨 始 前編」 その1 [装甲悪鬼村正 SS]

「真装甲仁義村雨 始 前編」 その1

 


国紀二六〇三年 外暦一九四三年 九月 
三河国南設楽郡

山々に囲まれたとある小村。
残暑もようやく去り、秋の空気を纏い始めた青空に、琴乃ちゃんの声が響き渡る。

≪ヘッポコ!何度言えば分かるんだ、この名ばかり天才キャラ!≫
「ごめんなさい、先生!もう一度だけ、もう一度だけご指導お願いしますッ!!」
≪よーし、見てろ。いいか、甲鉄ってのはこう叩くんだ!それっ!≫

琴乃ちゃんこと独立形態(犬)の村雨は、器用にもその甲鉄の前足を手槌代わりとして、練習用の薄い鋼をカンカンと叩いている。…研師の事は詳しく無いが、これもある意味神域の技と呼べるのかもしれない。
見る人によっては恐ろしく滑稽というか、まぁぶっちゃけ珍妙な光景ではあるのだが、すぐ斜め背後にいる私には、琴乃ちゃんの匠の気迫がまざまざと伝わってくる為、全く可笑しさがこみ上げてこない。
カッコいいよ琴乃ちゃん…。

≪まず叩く!叩いて音の広がり方を耳で確認して、鋼に溜まった疲労度を瞬時に理解する!ほれ、この振動だ!耳こっち!≫
「はい先生!耳で確認します!」

……実を言うと既にコツは掴みつつあったりするのだが、琴乃ちゃんから罵倒されるという稀有な機会を逃すわけにもいかず、ついついワザとミスを連発していたりする。
いやね、だって気持ちいいんだもん……。琴乃ちゃんに罵られると…す、凄く。
前からもしかしたらと思っていたけれど、私の趣味って結構倒錯していたりするのだろうか。

≪これは初歩中の初歩。基本だけど、これを疎かにしては研師の仕事は務まらないの≫
「なるほど…」

劒冑の修復を主な生業とする研師にとって、目だけでは捉えられない甲鉄の疲労具合をしっかりと感じ取るというのは必須技能なのだろう。

村雨を私が癒してあげられたら…なんか素敵だねぇ……。

などと迂闊な事を言ってしまったが為に、私の劒冑は妙にハリキってしまったようで、ここ二日ばかりは鬼教師となって教え子役の私をシゴくことに精を出していた。
まぁそもそも真打劒冑には自己修復能力が備わっているわけで、研師の手にかからなくても損傷の回復は可能なのであるが、なら数打が誕生する前の研師にはどんな存在意義があったのかを琴乃ちゃんに尋ねてみると、

≪色々だね。例えば劒冑が酷い損傷を負ったにも関わらず、そう遠くない内にまた戦に出なければならなかったとする。劒冑の自己修復だけではどうにも戦に間に合わないかもしれない。こういう時に研師なんかが頼られたりするね≫
≪他にも、代々家に受け継がれてきた劒冑の次代への継承の儀式とかの前に、名のある研師に研いで貰ってぴっかぴかにしてもらうとか。…いや、別にそこまで見た目に変化がある訳じゃないけど≫
≪後はねぇ、鍛冶師は勿論研ぎの仕事も出来るけど、最後には自分を劒冑にしちゃうでしょ?腕が良かったら尚更(例外もあるらしい)。だから力のある家なんかでは、鍛冶師とは別にお抱えの研師をたくさん抱えたりとかもしてたみたい≫
≪やっぱり真打劒冑は武器であると同時に、崇め奉る対象としての側面もあったから、戦以外にもたくさん活躍の場があったんだって。その時々に研師が関わってたりしたから、なんだかんだで仕事は多かったらしいよ≫
≪今は数打を相手にするのがほとんどだから、昔の人が羨ましいってお母さんも言ってたっけ≫
≪最後に、これは自分が劒冑になってからはっきりと分かったことなんだけど、腕の良い研師に研いで貰うのって、とっても気持ち良いんだよ。まぁこれはあんまり関係無いのかな、あはは≫

などと私が回想に浸りつつ琴乃ちゃんの指導に耳を傾けていると(天才だからね)、

「大塚様、村雨様」

柔らかではあるが、どこか凛とした芯を感じる声が私に届く。
振り返ると、工房の入り口には作務衣を着た妙齢の女性が立っていた。

≪お清さん≫

この美人こそ私達がいる工房の主。ここ数日寝食をお世話してもらっている、研師のお清さんである。
つい先日、三河湾にてGHQの劒冑との激戦を繰り広げた私達は、どこかでしばし羽を休める場所を探していた。
ここしばらくはあての無いブラリ旅で諸国を巡っていた為、私はセーフハウスの類を持っていない。
さてどうしたものかと思案していた所、三河には琴乃ちゃんのお母さんのお弟子さんにあたる方が住んでいるとの事。琴乃ちゃんの記憶を頼りにしながらなんとかかんとか、私達はお清さんの村を訪れたのであった。

(事情を説明した時はとっても驚かれたよねぇ…)

お清さんが琴乃ちゃんの故郷の事を知ったのは事件から大分後だったらしく、琴乃ちゃんの行方を探し始めた頃からほどなくして、東京万博会場予定地にて銀星号事件が発生。その死亡者リストの中に琴乃ちゃんの名前を発見した時は、「茫然自失、失意のどん底すらも生温い」心境だったそうだ。
そんな琴乃ちゃんが実は生存しており、おまけに劒冑となって自分を訪ねてきたとあっては驚かない方がおかしいだろう。

「準備が整いました。参りましょうか」
「い、いいの?お邪魔にならなければいいのだけど…」
≪まぁ邪魔か邪魔じゃないかって言うなら、間違いなく邪魔だけどね≫
「ご心配には及びません。夕餉までの間に下地研ぎだけでも済ませようと思っているだけですので」

たおやかに微笑んだお清さんに連れられて、私達は彼女の工房を後にした。
お清さんの家でのんびりさせて頂いて数日、ふと研師の仕事に興味を持った所、なんと彼女は自分の仕事を見学してみてはどうでしょうかと申し出てくれたのだ。
琴乃ちゃんはともかく素人の自分なんかが一緒で気が散らないかと心配なのだが…。仕事に万一があったらお清さんに迷惑がかかるし。
準備とやらも本当なら手伝いたい気持ちであったのだが、何か下手をしてかえって足を引っ張らないか怖かった為、いまいち言い出せなかったりした。

≪昔お母さんと来た時より人が減ってる…≫

どこぞに身を潜めつつ私達に追随している琴乃ちゃんが、ふと私の頭の中にに語りかける。

(そうなの?)
≪うん。そんなに大きな村じゃないけれど、こんな時間なら、前はもっと子供達の遊ぶ声とか奥さん同士の井戸端会議とかが聞こえてたもん≫
(…そういえば配給が大分苦しくなってきたって話を聞いたかも。この手の村ではどこもそんな話題ばっかり)
≪戦場が近付いてきてたからね。みんな他の土地にどんどん避難しちゃってたんだと思う。前も六波羅とGHQの小競り合いに巻き込まれて、寒村が壊滅した事があったじゃない≫
(うん…止められなかった)
≪御堂……≫

陰鬱な気配をお清さんに悟られる訳にはいかない。
小さな溜息一つで私はなんとか気分を整える。

(三河には研師の村があるって事に、何か理由でもあるの?)

気分転換も兼ねて、一つ琴乃ちゃんに尋ねてみた。

≪下地研ぎの際に使う研石の中で、この辺りは名倉砥(なぐらど)の産地として有名かな≫
「中でって事は、他にも何か?」
≪下地研ぎだけでも、目の粗い順に、伊予砥(いよど)、備水砥(びんすいど)、改正砥(かいせいど)、名倉砥(なぐらど)、細名倉砥(こまなぐらど)、内曇砥(うちぐもりど)の六種類があるね。……下地研ぎに始まって、仕上げ研ぎ、拭い、刃取り、磨き、なるめ、化粧研ぎといった研磨工程をじっくり説明してあげたい所だけど、移動の時間だけじゃ余裕で足りないからまた後でね≫
(うっ…ヤブヘビだったかなぁ。熱心に語る琴乃ちゃんも素敵だから良いけど)

しばらくして私達は村外れへと辿りついた。やや寂れた鳥居をくぐり、さらに奥へと進んで行く。
風化の具合から相当の古さが窺える石段の道ではあるが、雑草一つとってみても、みすぼらしくならない程度に手入れされているのが分かる。
前を行くお清さんが一人で手入れしているのだろうか?だとしたら中々に骨のいる話だが、今となってはここを利用するのも彼女くらいなものだろうし、やはり彼女一人の仕事なのかもしれない。
きっとこれから秋が深まりやがて冬になれば、仕事の無い時間にはここで竹箒を使い、枯葉を掃く彼女の姿を見ることが出来るのだろう。
静かな時間だ。
私の耳に聞こえるのはお清さんと自分の足音、それに木々が奏でるさわめきの音だけ。
やや冷たい風が私の肌を撫でる。
私はしばし、その静けさを堪能した。
こんなにのんびりとした気持ちになれるのは本当に久々だった。

「こちらです」

案内されたのは、村外れのさらにそのまた奥に位置する洞窟。
数打の場合はお清さんの家の工房を使うのがもっぱらという話だが、真打劒冑を研ぐとなれば話は別。
村に続く古来よりの伝統に則り、かつて多くの鍛冶師や研師達がそうしたように、この洞窟で作業に没頭するのだという。

≪今日はどんな劒冑を研ぐの?≫
「村雨様ならば、あるいは御覧になれば一目で分かるやもしれませんね」

洞窟の奥にある鍛冶場には、お清さんの工房そっくりの鍛冶道具が揃っていた(いや、もう少し年代モノかも)。更にその奥には、厳重に封をされ、洞窟の壁に鎖の端を打ち込まれた鎧櫃も鎮座している。
お清さんが、鎖にかけた錠前に無骨な鍵を差し入れた。
ガチャリ、と野太い鎖が解け、そのまま彼女は蓋に手をかける。

「御覧下さい」

私と琴乃ちゃんは恐る恐る鎧櫃の中身を覗き込んだ。

「村雨、分かる?」

細かな刀傷こそ無数にあるものの、未だ華やかさの失われぬ明るく冴え渡った見事な甲鉄に、私は目を奪われていた。

≪…鎌倉中期の作、一文字派の甲鉄。銘まではちょっと≫
「一文字吉房と言います」
≪お清さん、この劒冑…≫
「ええ、ご推察の通り、既に戦にて心鉄を割られ、その機能を停止しております」
≪和弓で綺麗に抜かれちゃったみたいだね…≫

なるほど、今回お清さんが研ぐのは死した劒冑というわけか。…いや、待って。

「お清さん、なんでまた役目を終えた劒冑を研ぐことになったの?」
「私も詳しい事は窺っておりません。本来ならばこの劒冑も、GHQの刀狩りの折に接収されるはずだったとは聞いております。いかようにしてそれを逃れたのかは存じませんが、それから現在まで家の蔵に収めていたそうで、GHQの目が緩んでいる今の内に一度研ぎに出して、先祖伝来の品にきちんと元の輝きを取り戻させたかったのだとか」
「心鉄が壊れちゃったんじゃ家の飾りくらいにしかならないだろうに、そういうのまでGHQはかっぱらっちゃうんだ」

元GHQの私が言うのもなんだが。
キャノン中佐の部下としてそれなりに裏世界にも触れてきてはいたけれど、隣の部署が何をしているのかなんて知らなかったし、知ろうともしなかった。あの世界で長生きしたければ、他人の畑には不干渉に限る。

「利用の仕方はいくらでもありますから。ここまで甲鉄が見事に残っているとなると、別の劒冑に付け替える事も可能かと」
「付け替える?」
「はい。数打武者の中には、討ち取った真打劒冑の甲鉄の一部を、自らの劒冑に移し付ける方もいるのです。私自身、その系統の依頼を何度かお引き受けしたことがあります」
「へぇえ」

雑談の合間にも作業は続く。
鎧立てを鍛冶道具の近くに設置し終えると、お清さんはまず篭手を取り外した。

「では、始めさせて頂きます」

私と琴乃ちゃんはお清さんを静かに見守る。
物音を立てたりなどしてお清さんの集中を途切れさせたらまずいだろうし、とにかく大人しくしていなくては…。

………。

ふと現状を振り返る。
ちょっと前までは、生死の瀬戸際を綱渡りの如き危うさで行き来していたというのに、今はこうして穏やかに(今この瞬間はあながちそうとも言えないのだが)休息の時間をとっていることに言い様の無い感慨を覚えた。
勝利を乗せた天秤がどちらに傾いても不思議では無い、そんな戦闘をこれまで何度も繰り返してきた。
ついこの前とてそうだった。

(世界は広いよなぁ。まさかあんな珍しい劒冑と対峙するなんて思ってもみなかったし。…いや、むしろ狭いのかな?私って結構珍しい劒冑に縁があるような…)

追憶に耽る内、いつしか私の意識は、五日ほど前に遡っていた。

 

 

「水気入神…」

手繰り寄せた海水に我が意識が宿り、自在にその姿を変えて行く。
やがて村雨の眼前で薄い膜のように変化した所で準備は完了。
後は私の執行を待つだけだ。

≪御堂!≫
「ッ!!」

心の中で引き金を引くイメージを浮かべた瞬間、水膜より無数の水弾が撃ち出され、同時にその一つ一つが氷の刃へと変貌する。
しかし如何な亜音速の氷弾といえど、武者の甲鉄に致命傷を与えるのは不可能だろう。
やはり村雨で敵騎を打倒するには直接攻撃しかないか。
せめて肉薄するまでの隙を作ることさえ出来れば御の字なのだが…。
しかし。

「…またか」

甲鉄への直撃の瞬間、氷弾が霧散…いや、消滅した。

「何度やっても同じ事。我が劒冑オートクレールに陰義は通用せぬぞ、村雨殿」

西洋に魔を祓うと謳われた聖銀甲鉄なる物が存在する。
武者甲鉄において、果たして"魔を祓う"とは一体いかなる意味を持つのか。
それは、

「陰義への強い耐性」
「いかにも。我輩が身に纏いし聖銀の鋼には、アウトロウによるクルスへの直接作用に対し、高い防御力を発揮する事が可能である」

海上は村雨にとってはホームグラウンド。見渡す限りの海原がそのまま武器にも防具にもなる。
だというのに、太刀合わせを始めてからどれくらいの時間が経っただろうか、ここに至るまで私は、対手に目ぼしい損害を与えてはいない。
質と量を兼ね備えた精強な竜騎兵部隊を相手取り、たった一騎では熱量が持たぬと一気に包囲を突破。敵の基地に襲い掛かったは良いものの、そこで指揮官らしい敵の真打劒冑と防衛部隊に阻まれてしまった。
数合の双輪懸の後埒が明かず、基地の破壊を断念。追撃してきた数打を苦労して撃破しつつ、指揮官をなんとかここ三河湾まで誘い込んだは良いのだが…。

「村雨、どう思う?」
≪さすがに真打では合当理の凍結は無理、氷壁はたやすく突破され、氷弾を撃てば消し飛ばされる、そんでもって、霧を張っても敵騎をちっとも感知出来ないときた≫
「氷山に叩きつけても無駄かな…。なら竜巻みたいな渦でも作って」
≪多分駄目…。にしても強力過ぎる。甲鉄だけであそこまで反則的な防護性能を発揮出来るとは思えないよ≫
「やっぱり陰義…」
≪敵騎の熱量の変化を見るに、多分ね≫

私も琴乃ちゃんも行き着く結論は同じか。
オートクレール。
西洋の名高き真打劒冑"デュランダル"の仕手としても有名な皇帝シャルルマーニュの十二臣将の一人、知将オリヴィエの愛騎でもあった名物。
オリジナルか写しかは不明だが、かつては"陰義殺し"の異名で恐れられ、数多の戦場で真打を駆る猛者達を討ち取り続けてきた…というのは事前の情報で判明していたが、敵騎のその武勲を支えているのは甲鉄の守護だけではあるまい。
以前戦場にて、英雄正宗が対手の陰義をそのまま撥ね返し、敵陣を壊滅させた光景を目撃した事があるが、やはり西洋でも対陰義の思想を突き詰めた鍛冶師が存在したようだ。
恐らく敵の陰義の効果は、武者への陰義の直接的な効果を減衰させると言うもの。陰義に対して強い耐性を持つ聖銀甲鉄との組み合わせにて、オートクレールは正に、自らの異名を正しく体現する恐るべき魔神と化していた。

「ブラッドクルスが敵騎と聞いて久方ぶりに戦場に出てみれば、お主、噂に違わず中々に興味深い作りをしている。蛮族の地とはいえさすがはクルスの国よ」

和洋入り混じった技術の混在する村雨に、どうも相手は関心があるらしい。
舞台を海上に移すまで対手が本腰を入れているように感じなかったのは、あるいはこちらの劒冑の真価を見極めたかったからか?
戦場に出るのが久方ぶりというのはまぁ頷ける。オートクレールとやらがその本領を発揮するのは対手が陰義を有する真打の場合のみ。
かつては戦場の花形武者も、数打に取って代わられた現在では、後方で指揮官の椅子を揺らす事の方がもっぱらになってしまったのだろう。

「陰義が駄目となると正攻法で向かうしか無い、か。村雨?」
≪うん、時間だね≫
「よし、なら小細工の時間はもうおしまい」
「?…時間とはどういう意味だ」

頃合だろう。そろそろネタばらしして問題無い。

「私が突破してきた竜騎兵部隊、合流するのが遅いとは思わない?」
「……」
「無理も無い話よ。今頃貴方の部下は、真打劒冑達の強襲から基地を守るので精一杯」
「なんだと!?」

こちらに突撃しようとした敵騎の足が鈍る。

「正宗の軍。聞いたことはあるでしょ?」

元々、今回の話は彼等から持ちかけられてきたものだった。

(三河に建てられて間もないのGHQの補給基地を叩きたい。しかし防衛部隊の指揮官の劒冑は、我らの真打との相性悪く、生半な武者では太刀打ち出来ぬ。正宗殿は遠方での戦闘に出陣されている為参加は望めず、かと言って我等だけでは心許ない。御貴殿の力をなんとかお貸し頂けないだろうか。)

何度か彼等の軍には参加を求められた事があったし、戦場で助けられた事も一度や二度では無い為、私は協力の要請を快く了承したのだが…。
なるほど。確かにあのオートクレールという劒冑、真打との相性は最悪である。
戦場の主役を数打に譲ったこの時代、真打武者の強みと言えば、高い基本性能に仕手が持つ熟練の技術、そして時に戦況を覆す可能性すら秘めた陰義による所が大きい。
仮にこの要素の内の一つでも欠ける事があれば、強力な対武者用狙撃兵器を有した数打武者との戦いにおいて、大きな劣勢を強いられる事は必定。 
主戦力を多くの真打が担う正宗の軍にしてみれば尚の事である。

「遊んでいるのは我輩かと思いきや、その実遊ばれていたということか」

オートクレールから送られてくる装甲通信には、特に感情の波を感じ取る事は出来ない。
再び敵騎が向かってくる。
右手に備えたランスの間合いは村雨の大鎚を凌いでいる。
円錐部分は高速回転する事で甲鉄に対する貫通力を高めている為、双輪懸でまともに受ければ串刺しは避けられない。
その近代的な作りからして、恐らくは元々劒冑が装備していた武装とは違うのだろう。
けれど、眼前のランスには一部の隙も窺えない。
二騎が高速で交差し合う双輪懸において、刺突に重きを置いた武器を扱うのだ。よほど自らの技量に自信があるのだろう。そして、その自信は過信では無く正しき評価なのだという事を、これまでの衝突で十二分に思い知らされていた。
村雨とオートクレールは、互いに得物を削りながら激しくすれ違う。

「とんでもない。勝負を急ぐつもりは無かったけれど、だからといって手を抜いた覚えは無いわ。その劒冑のスペックに舌を巻いているのは本当よ」
「フム、ならば如何する」
「思っていたより、落ち着いてるのね」

本音である。タネを明かした今、基地に戻るべく決着を急いでくるかと思ったのだが…。

「言ったはずだ。興味深いと。今日日ブラッドクルスと剣を交える機会等そう得られるものでは無い。まして、お主のようなクルスとあってはな」
「………」
「兵の子守と退屈な基地の防衛なぞより、目前の死闘に酔いしれたいのだ、我輩はッ!!」

…まただ。
ここしばらく太刀打ちした相手は、中でも真打劒冑の仕手には、大局よりもこうした真打同士の剣戟舞踏に没頭してしまうケースがある。
昔日の英雄達には、前線に居場所を失い軍を去った者もいれば、貴重な機会を逃さず、これ幸いと強敵との戦闘に死に場所を求める者もいるという。
私に出来ることは、そう多くは無い。

「いざ、尋常に」
「参られいッッ!!」

我が方は高度劣勢。
優れた技量を持つ難敵。高度で負け、間合いで負け、陰義で打開するは困難。
困難?
果たして本当にそうだろうか。
琴乃ちゃんの言葉を思い出せ。状況を覆す鍵はそこに埋もれている。

「イ グ ニ シ ョ ン !!」
「ぬぅッ!?」

大鎚が猛烈に炎を吹き上げた瞬間、敵騎は即座に回避を選択したようだ。
さすがである。
初見の技に対してこの反応、とっさの迅速な状況判断は正に古強者の為せる業。
ランスの間合いを捨て、大鎚の描く軌跡から逃れようと、こちらの下に抜けるつもりなのだろう。
避けられる。
これがただの噴射爆砕撃ならば。

「水気入神」
「何!?」

右肩に担いだ大鎚を全力で振り抜く。
ごうっ!と大気を切り裂きながら、大鎚は急速に氷を身に纏い、そのサイズを一気に巨大化させる。

「氷鎚炸裂撃」
「ぐぅぉあッッ!!!」」

敵騎はきりもみしながら弾き飛ばされた。
紙一重で避けよう等とするからこうなるのだ。
回避で様子見なんかを選択せず、こちらに勝る間合いから素直にランスを突き込んでくれば良かったものを。

「手札を吟味しようと、欲を張り過ぎたか…うぬッ」

陰義の発動無しの甲鉄の守護力だけならば、村雨の陰義といえども直接叩き込めばダメージは通ると踏んだのだが、目論見は的中。
しかしこちらの予想よりも敵騎の反応が速かったせいだろう。
決め切れなかったか。
だが問題無い。
村雨はすぐさま旋回。
敵騎が体勢を崩した隙を逃さず、高度優勢を奪い取る。

≪これぞ美濃関鍛冶の真骨頂!≫

勝手にそんなこと言っていいのかなぁ…。琴乃ちゃん我流でしょ?
それはともかく。
今や高度はこちらのもの。陰義が通じるかは使い方次第だが、さすがに同じ轍を踏むほど敵も愚鈍では無いだろう。
ならば次に奪うべきは、

「間合いだね」

その勢威こそやや衰えたものの、敵騎の戦形に乱れは無い。
先程のような奇策など物ともせず、遠間からランスにて突き穿とうとする腹積もりか。
であるならば、勝負はこちらの物なのだが。

「もらう!」
≪一手披露!≫

私の気合に合わせて琴乃ちゃんの金打声が蒼穹に響く。
相変わらず劒冑らしくない劒冑だけれど、そこがまた愛おしい。

「うぉおおおおおおお!!!」

対手の怒号には、劣勢をただの一合で逆転させようという気概がありありと感じられた。
そうはいくか!
正確無比に頭部を狙って突き出されるオートクレールの長大なランス。
いや、正しくは、突き出されるであろう…か。
敵騎が引き絞った得物を突き出す刹那、そう、私は刹那を確かに見極めた。
機を制して先を取る。

六波羅新陰流 無拍子の剣

戦場で対峙した名も知らぬ六波羅武者の技巧。
対手の気配を察し、その隙を一撃で捉えるという刀剣術技の一つだが、私はこれを自分なりに噛み砕き、大鎚による戦法の一つに取り入れた。

「フッッッ!!!」

強烈な炎を噴射した大鎚が、突き抜かれる瞬間のランスを斜め側面より迎撃する。

「なんと!?」

互いの勢いも作用し、オートクレールのランスは無残にもひしゃげ、その手より放り出された。
正面衝突時の貫通力は想像したくも無い凶器だったが、これで一先ずは安心出来る。

「村雨、次の一合で決めるよ」
≪合点≫

私は大鎚を右肩に担ぎ直す。

「見事よ…」

オートクレールは腰の長剣を引き抜いた。こちらが本来の武装なのだろう。

「いよいよ勝負を決めにかかると言うならば」
「?」
「幾多の同胞を切り捨ててきた極低温の刃。その刃味、是非とも我輩に賞味させてはくれぬか」

誘っているのか?
氷刀・村雨丸は、私達が有する必殺の一手の中でも最奥に位置する。今までにこの一撃で打ち破れなかった相手は存在しない。
しかしその分熱量消耗も激しく、一度の装甲で最高の切れ味を維持していられる時間はそう長く無い。
仮にこの太刀をオートクレールに耐え切られるような事があれば、彼我の優劣は逆転。ろくに熱量の残っていない私が撃墜されるのは火を見るよりも明らかだ。
…いいだろう。
そもそも私達は、勝負を託すにこれ以上の技など持ち合わせてはいない。
不破のこの一刀ならば、己の全てを賭ける事が出来る。

≪仁義礼智忠信孝悌≫
「水気入神」

村雨の全身に埋め込まれた八つの珠が光を発し、"仁義礼智忠信孝悌"の文字が浮かび上がる。

≪刮目せよ≫
≪そは青龍の御魂の加護にして怒りなり≫
≪氷刃、鍛造!≫
「御霊刀・村雨丸、顕現」

如何なる存在も触れれば最期、凍てつくどころか砕け散りかねない鋭い冷気が刀身より立ち上る。
極限まで研ぎ澄まされた極寒の巨刀が大鎚に生成された。

「それでよし!さあ、参られよッ!!」

敵騎は陰義に集中する為か、こちらに突撃しては来ないらしい。
あくまでも迎え撃つつもりか。

「一ノ太刀にて全を断つ!」

合当理全開。
爆音を発しながら、翼筒が激しく炎を吹き上がらせる。
敵騎至近!
武者村雨が誇る全身全霊の一刀、その身でしかと受け取れ!!

「だぁあああああああああああ!!!」

氷刃一閃。しかし。

「ぐッッ!!ぬ、ぬぅおおおぉぉおおおおおおああああああああああああああ!!!!」

村雨丸が、埋まった!?
甲鉄の切り裂き具合は浅くは無いが、それでも両断には届かない!!
今少し威力が足らなかったか!
超加速騎航・アベンジザブルーとの併用が最も村雨丸の威力を発揮出来るのだが、敵の包囲網を突破する際に一度使用しているのが痛い…。
さすがに二度も発動しては、熱量の残存的に氷刀どころではなくなってしまう。

「この刃を砕ききれば、我輩の勝ちだな村雨ェェエッ!?」
「っ!?」

オートクレールの陰義と聖銀甲鉄の効果か、村雨丸の刃が欠け、刀身にヒビが広がっていく。
敵騎の損傷は十分に致命傷のはずだ。
だと言うのに、氷刀が砕け散った瞬間、私が対手に刺し殺されるビジョンが浮かんで仕方が無い。

…やってのけるだろう。

感じるのだ。
この空を死に場所と定め、命そのものを陰義の燃料にと燃やし抜くほどの猛烈な気迫を。
このままでは、対手の命の灯火が尽きる前に私達も道連れにされてしまう!
そんなこと……認めるわけにいくか!!!

「こんな所で、負けられる……もんかぁあああああああッッッ!!!!!」
「な、何ィイイッ!?」

砕け散る寸前まで追い詰められていた村雨丸の刀身が、急速にその姿を取り戻していく!

「根比べよ!村雨丸を砕こうとする貴方の陰義と、鍛え直す私の陰義!どちらが勝るか!?」
「ぐぅううううぅぅぅううううう!!がぁあああああああぁああああ!!!」

いくよ、私の村雨!!!

≪氷刃!!≫
「鍛造!!!でぇぇええええええええええいいいッッッ!!!!!!」

一刀両断。
胴体を横一文字に切り裂かれたオートクレールは、微動だにせぬまま虚空を漂う。

──────。

「フ、フッフフフ…」

…。

「ち、父のように…いくさばで果てることが、出来…感謝…を」

 

氷刀に切り裂かれた胴を境とし、対手のその身は二つに分かたれた。

 

爆発。

 

「…仕手の名前、聞きそびれたわね」

真打劒冑・オートクレール。紛れも無く強敵だった。
また私の中に、忘れられない相手が刻まれたのだ。

(けれど…私は……私の、戦いは)

≪敵騎殲滅を確認。お疲れ様、御堂≫
「ねぇ村雨」
≪何?≫
「犬かき…出来る?」
≪へ≫
「正直、もう限界…」
≪り、陸まで我慢して!お願いだから!≫
「なんちゃって。大丈夫、昔じゃないんだからそれくらいの余裕はあるよ」
≪御堂~≫
「…村雨は私の熱量の残り具合なんて一発で分かるでしょ」
≪あ、それもそうか≫

おいおい。

 

───。


──────。


─────────。

 

≪おいおい≫

───。

≪おいおーいってば≫

───。

≪おーい。おーいおい。もしもし?≫

ハッ!?

「あ、村雨」
≪あ、村雨?じゃないよ御堂~。お清さんのお仕事、もう終ったよ?≫

なぬ?しまった…回想に浸っててお清さんの研ぎを拝見するの忘れてた…。

「ご、ごめんなさい、お清さん!決して貴女の仕事が退屈だったからとかじゃなくて、私は、その」

しどろもどろになってなんとか言葉を捜している私に対し、お清さんは静かに微笑みを返す。

「御懸念には及びません。先程の大塚様のお顔からして、どのような事を考えていらっしゃったのかは想像がつきました」
「はぁ、面目次第も…」
≪うちの御堂が御免なさい…≫
「ふふふ。それではそろそろ、暗くなる前に戻りましょうか。夕餉の支度もしなくては」
≪鎧櫃は御堂が背負うんだからね≫
「合点…」

お清さんの優しさにかえって肩身の狭さを、琴乃ちゃんの冷淡な声にほのかな悦びを覚えながら、私達は洞窟を後にした。



続く。


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