SSブログ

「真装甲仁義村雨 始 後編」 その1.5 [装甲悪鬼村正 SS]

「真装甲仁義村雨 始 後編」 その1.5






視殺す王。
復讐の女神。
夜に忍び寄るもの。
ジョーンは私にそう言った。

「なあに、それ?」
「都市の体験談……等と呼ぶ者もいるな」

あれはまだ私と琴乃ちゃんが、ジョーンと共に倫敦にいた頃の話。
いよいよ近付くグレムリンの性能評価試験を前にして、琴乃ちゃんは格納庫に缶詰状態。
自らの存在価値を賭けて─────ジョーンによればその心配は既に無用となっているそうだが─────騎体の調整に当たる琴乃ちゃんを邪魔する訳にはいかず、私とジョーンは琴乃ちゃんへの差し入れを求めて、倫敦の街を散策しながら雑談に興じていた。

「ますますよくわからないんだけど」
「欧州諸国に流れる、さながら霧のような伝説の一つだよ。我々の社会に根付き始めてもう十年近くになるだろうか。各地に残った不可解な殺戮劇の足跡を指して、いつしか人々はそう呼ぶようになった」
「さ、殺戮劇?」
「悪魔のような、ね」

そう呟くジョーンの横顔は、とてもじゃないが噂話を語るような気軽な雰囲気ではなかった。
怒気。
彼女は静かな怒りを纏っていた。

「ジョーンは、何か知っているの?」
「知っているとも」

なんとなく沈黙で返されるかと思っていた私の予想とは裏腹に、彼女の返答は実に迅速だった。

「あれはまだ私が、齢十を過ぎたばかりの頃の話だ」
「信子も知っての通り、我が家は騎士の家系。幼かった私はともかく、家族は様々な非営利団体の名誉職を兼任していた」
「当時私は、とある福祉団体の理事職を務めていた祖父に連れられ、この倫敦の地を訪れていた。……ふふ、あの頃の私は、迷いとは無縁の存在だったな」
(え、今もじゃなくて?)

過去に思いを馳せて懐かしそうに微笑む彼女に対して、私は思わずそうツッコミそうになったが、なんとかすんでの所で思い止まった。
この愛と正義の完璧超人に、一体如何なる悩みがあるというのだろう。

(ふむ)

"天才属性"という点でキャラ被りしている私の場合ならどうか。
…………。
……なるほど。悩みなら、ある。常に付き纏っている。
しかしジョーンは?
彼女もまた、私と同種の悩みを抱えていると?
ちょっと、彼女のイメージと違う気もするが──────

「時に祖父の仕事に連れて行かれることもあったが、別荘で暇を持て余すこともままあった。そんな時の私は決まって、剣の稽古に打ち込むか、使用人達を伴って倫敦の観光に出かけるかのどちらかだった」
「あの時はそう、後者だったな」
「……」
「少し前置きがあるが構わないかな?」
「うん」

まとめると、彼女は次のように語った。

 

とある騎士の家系に臆病者の青年がいた。
家は代々名のあるブラッドクルスを受け継いできた由緒ある家柄だ。
彼の父は、流れる貴き血の責務を背負い、戦場では敵味方問わず、その名が知れ渡るほどの武勇を轟かせていたという。
そんな戦友からは惜しみない賞賛を浴びていた父にも、しかし欠点はあった。それは、家族を顧みなかったことだ。
家族を愛していなかったわけではなかった。むしろ、いつも妻や子供の写真は肌身離さずしまっていたし、生まれたばかりの次男を自慢する彼の様子はとても誇らしげですらあったそうだ。
だが、彼の中に流れる戦士の血は、何よりも彼の心を戦場に惹きつけて止まなかった。彼を知る人間はそう語っている。
家族との時間こそ少なかった彼だが、それでも長男への武術の教育には力を入れていた。
幼少の頃より父の技術と貴族としての誇りを叩き込まれた長男には、父と同じ血が流れていたのだろう。父との鍛錬の時間こそそう長くは無かったものの、家に伝わる書物から、時に人づてから、父や祖父が受け継ぎ、磨いてきたクルセイダー式の闘法を貪欲に習得していった。
やがて勇猛な騎士にも、老いという名の限界が訪れた。
しかし彼には何の心配も無かった。それは長男の存在だ。
彼は潔く戦場から身を引くと、長年連れ添った愛騎とも結縁を解き、すぐにそれを長男へと譲った。
そうして長男は、父から遂に、待ちに待った憧れのブラッドクルスを託され、やがて勇敢に戦い、勇敢に死んだ。
あっけない話と思うかもしれないが、戦場とはそういうものだ。技術だけを磨いて経験を積んでいない新兵というのはタチが悪い。主に悪い意味で。自信過剰で恐れを知らぬ為、とかく無茶をしがちなのだ。
師と戦場に恵まれれば運命も変わっていたかもしれないが、父親の影響もあって、彼に強く忠告出来る者はいなかったという。
さて、年老いた父親は後悔した。
ここにきて彼は、長男に武術を教え、自らの勇猛さを吹き込みはしたが、戦場の恐ろしさをとくと伝えることを怠っていたことにようやく気が付いたのだ。
やっと臆病者の青年に話しが戻る。もう気付いているかもしれないが、彼は家の次男だった。
優しい母の血を色濃く継いだ彼は、父や兄とは違い、穏やかな性格をしていた。
戦に忙しい父は彼を可愛がることはあっても、戦士として教育することを疎かにしていた。優秀な兄の存在もあったからな。
兄から気まぐれに武術を教わることはあったが、彼はどちらかというと書物を読み漁りながら研究をする方が性に合う青年に成長していった。
そして彼に転機が訪れる。兄の死だ。
長男と家に伝わる劒冑の両方を失った父は大いに焦った。
そして次男にとって地獄の日々が始まる。
父は老骨に鞭打って、次男を騎士として鍛え上げることを始めたのだ。
ほとんど放っておかれることが多かった自分が、突然に父より過酷な武術の修行を積まされ、次男は父をとても恨んだようだ。
やがて二十歳を半ば以上過ぎた頃、次男は放逐も同然に家を追い出され、戦場に放り込まれる。未だ騎士たるに相応しい技能が身に付いたとは言い難い状態だったが、才の無い次男を必死に鍛える父には、自分を見る周囲の貴族達の目が耐えられなかったのだろう。かつては自分を賞賛して止まなかった者達の同情するような視線がな。
半分次男の事は諦めていた父だったが、彼の予想に反して次男は戦場で直に果てるようなことは無かった。
彼は臆病だったからだ。彼は自分を過信せず、仲間を信頼せず、自分の弱さのみを信じていた。父親のスパルタ的な指導が、彼を閉鎖的で人間不信な青年へと変えていた。
それから一年後、悲劇は起きた。
大英連邦に連なるとある国の片田舎で殺戮事件が発生したのだ。
結論から言おう。
犯行はブラッドクルスによるもので、その騎士は件の臆病者の青年だった。
青年の性質に惹かれたのか、クルスは隠形に優れたアウトロウを備えていた。出会いの経緯は私も知らない。
ターゲットは彼の親族。動機は、兄が存命の頃から、兄のような才能に恵まれなかった自分を笑い者にしたからだと思われる。事情に詳しい関係者から聴いた話だ。
だが事件で命を落としたのは親族だけではない。たまたま彼等が食事をとっていたカフェの客と店員も巻き添えにされていた。
戦場に放り込まれてからの一年が温厚な彼を別の何かに変えてしまった……と言うのは容易いが、真実は不明だ。
事件と時を同じくして、次男が軍から姿を消した知らせが、倫敦に住む父の元に届けられた。
父親の心境は私には推し量ることしか出来ないが、少なくともこの時点では、両者の繋がりに確信を持っていたわけでは無かったらしい。
確信を得たのは、再び彼の親族が、今度は倫敦の郊外で惨殺された時だ。
父親は自分の息子が、死と隣り合わせの戦場に放り出した事の復讐をしに来たのだと悟った。親族をも狙ったのは、笑い者にされた過去を根に持っていたのもあるが、父親をじわじわと恐怖に陥れる目的もあったのだろう。
大分遠回りになったが、私がこの事件に遭遇したのは正にこの時だ。と言っても、クルスに襲われたわけではないがね。
まぁ私が観光中にどのような経緯で無謀にも事件に首を突っ込もうとしたのかは割愛する。私も若かったのだ。
話しを戻そう。
隠形に優れたブラッドクルスによる復讐事件は、実はこれで終わりだ。
ではこの後には何が残っているのか。
これこそが正に殺戮なのだ。
倫敦郊外で惨殺事件が起こった二日後、倫敦に住む青年の家族と親戚、合わせて四人が殺された。
再び結論から言うと、犯人は"復讐の女神"だ。
今でも鮮明に覚えている。
おぞましくも美しいコントラバスの音色。月光を浴びて輝く輝彩甲鉄。終幕を告げるように巨大なクロスボウが弦を巻き上げ、やがて放たれる凶悪なボルト。
私が事件の全容を掴み、青年の下に辿り着いた時には、全てが終わっていた。
私は彼女に問うた。
「何故だ」と。
彼女は答えた。
「これは罪無く犠牲となった人々の復讐」と。
彼女がしたことはこうだ。
クルスを纏った暴走状態の青年は、彼の親類縁者のみを狙うに留まらず、その場にいた無辜の市民をもその手にかけた。
一刻も早く青年を止める…いや、討たねばならない。しかし彼はアウトロウを自在に使いこなして街に潜伏し、まともな手段での発見は困難だった。
このまま発見が遅れれば、彼の家族の他に、再び無関係の人間が命を落とす可能性がある。
故に、彼女はまず青年がターゲットにすると思われる人間四人を殺し、その遺体を見つからぬように隠した。そしてその内の一人に扮装して、偽の潜伏情報を街に流した。
目論見通り青年はあっさりとそれに引っかかり、彼女は淡々と事件を終わらせる。
結果的に見れば、この方法のおかげで事件の犠牲は最小限に留まった。
彼女に言わせれば、犠牲となった市民の復讐の標的には、青年の親類も含まれていたのだという。……広義に解釈すれば、青年とその親類のごたごたに巻き込まれて命を落とした、と見ることも出来なくはないだろう。
出来なくはないが、私は彼女を認めない。
彼女にとってその理屈が建前であったとは言わない。だがそれが、第一の理由であったとはどうしても思えないのだ。
あの夜、あのクルセイダーは、彼女は、確かに笑っていたのだ。
断言もしてもいい。
彼女は復讐という名の殺戮を嗜好する人間だ。自らの嗜好を大手を振って堪能する為の大義名分が欲しかったが故の広義的解釈なのだ。
ジャスティスとは天秤、バランスの釣り合い。では、復讐の女神が為したことはジャスティスなのか?より多くを救う為に、青年のみならず彼の四人の親類を殺害した事は。
……ジャスティスであらねばならないのだ。本来ならば。
だがそれでも、私には、彼女がジャスティスを為したと認めることは出来ない。
彼女は愉しんでいたのだ。心から。
私は自分の無力さを嘆いた。
私にもっと力があれば。
彼女よりも早く事件を解決出来るだけの力があれば。
あるいは彼女ではなく、私が四人を殺害したかもしれない。
いや、それ以上に、私が青年一人を見つけ、ケリをつけるだけの力があれば良かったのだ。
そうすれば、最も少ない犠牲でジャスティスは為される。

 

「ジョーン」
「…少し熱を入れすぎたかな。以上が私が遭遇した、"復讐の女神"にまつわる話だ。……私が力を求めるきっかけの一つとなった話、とも言い換えられるがね」
「力、か。ジョーンは力を手に入れたの?」
「手に入れたとも言えるし、それはこれからだとも言える」
「ジョーンの劒冑のこと?」
「それも無論、私が手に入れた力の一つだ。為すべき事を為すためのね」
「煙に巻いてばかりいないで、いい加減ジョーンの劒冑教えてよー」
「機会があればいずれ、とだけ言っておこう。その時は、琴乃と信子は私が守ってみせる」
「いやいや、そういう事態だったらむしろ来なくていいんだけどねぇ…」

当時の私は、半分はジョーンの作り話なのだろうか?くらいの気持ちで聞いていた。
だが今となってみると、もう少し真面目に耳を傾けておけば良かったとも思う。
あるいはあの話は、彼女の決意表明のようなものだったのかもしれないのだ。
だが全ての後悔はあの空と海に消え、やがて私は、彼女の話が真実であった事を思い知ることになる。


コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

4月27日(水)4月29日(金) ブログトップ
※当ホームページにはニトロプラスの許可の上でニトロプラスの著作素材を転載しております。これらは他への転載を禁じます

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。