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「真装甲仁義村雨 始 前編」その3(了) [装甲悪鬼村正 SS]

「真装甲仁義村雨 始」前編 その3(了)

 

 

ずぶの濡れ濡れ…とまでは言わないが、そろそろ体温の低下も宜しくない領域に入ろうとしている。
雨である。
農作物、飲み水、洗濯、お風呂、工場等、水は私達の生活のいたるところで利用されており、それらを支える為にも雨というのは大変重要なものだ。
更に言うと、生活水準の向上と共に各家庭の水の使用量が年々増え続けている事を考えれば、なるほど、雨というのは恵みである(降り過ぎない限りは)。母なる地球に干からびられては困るしね。
がしかし。
現在進行形で雨に打たれ続けながら森を彷徨う私にとっては、恵みというよりはむしろ障害である。ああ、風呂敷に大事に包んだお弁当は無事だろうか…。

≪御堂≫
「村雨~」

相棒の声無き声が私の頭に届く。
神様仏様琴乃様。
名古屋もあと少しという所でバス代をケチった私は、徒歩で名古屋入りを果たそうかと思っていたものの、途中で大雨に遭遇、どうにか雨宿り出来る場所を探すべく、琴乃ちゃんには付近の探索に赴いてもらっていたのだが、

「首尾はどう?」
≪この先に廃寺を見つけたからそこを使わせてもらおうよ≫
「ふぃ~お疲れ様。それじゃ、先導宜しくね」
≪合点≫

コートの中で風呂敷を大事に抱えつつ、私は琴乃ちゃんの指示する方向へ歩み出した。

 

野宿の経験はあるが、廃寺を利用して休息をとった事は無い為、本堂へと続く寒々しい道も私の目には中々新鮮に映った……かもしれない。こんな雨でも無ければ。

(こういうひっそりとした気配は嫌いじゃないんだけどねぇ)

正面参道と思われる石段はかなりのボロボロっぷりだった。石そのものがかなり歪んでしまっているし、階段自体の傾きも酷い。
やがて上り終えた先には……うん、境内も荒れ放題だ。
悪天候による薄暗さも手助けして、荒れ寺の醸し出す薄気味悪さに私は鳥肌を立てる。ゾクゾク。

≪単に寒いだけじゃない?≫

ちょっとくらい密やかに空気に浸らせてよ琴乃ちゃん(泣
…さっさと中に入ろ。

「土足で失礼します」

誰に聞かせるわけでもなく私は呟く。廃寺とはいえ、土足で踏み込むのには僅かばかり抵抗感がある。
本堂の中には既に仏像は無い。
廃寺の仏像が盗まれるのはそう珍しい話では無く、古来より数多くの仏像が国内外問わず散逸してしまっているのだとか。

「ふう」
≪お疲れ様、御堂≫

ちょこんとお座りをして出迎えてくれた琴乃ちゃんの愛らしさに、ずぶ濡れでささくれ立った私の心が癒される。
雨に打たれ続けるのは一先ず避けられたとはいえ、私の体は依然として冷え切っていた。
さて。
少しばかり心に余裕が生まれてくると、私の中に一つアイディアが閃いた。

「村雨」
≪何?≫
「陰義をちょろっと使おうか」
≪え?≫
「こんな所で風邪なんて引いた日には一大事だからね。お願い、村雨」
≪??…ああ、なるほど≫
「それじゃ、水気入神」
≪合点。水神祈祷≫

呪句実行。
カチッと私の中で形無きスイッチが作動する。
意識が肉体の鎖を解き放ち、周囲に広がっていく。向かう先は私自身…厳密には、着用している衣服とその周辺。
私がしたいのは、つまるところ衣服の乾燥である。
それを成し遂げる為の要因は大別して二つ。
一つは、衣服周辺の空気中の水蒸気を除去する事。
こんな天気である。湿気が酷く、中々の量を感じるが、作業は特に難事では無い。
さて二つ目。
こちらは、普通なら衣服そのものを暖める事で水蒸気の発散量を増やすところだが、琴乃ちゃんの陰義はあくまでも水分操作である。
衣服に含まれる水分を直接操作し、気化させて水蒸気に変えてしまおう。
液体に働く分子間力等にまで仕手が意識を向けずともこの現象を成し遂げる辺り、陰義とはまさに魔法としか言い様が無い。

「皺はまぁしょうがないか」
≪贅沢言わないの≫

有り難い事にロウソクとマッチが見つかった。
暖をとるのは無理だが、それでも明かりがあるのは精神的に助かる。

「ねぇ村雨」
≪?≫
「熱田神宮にある草薙って本物かな?」
≪また突然だね≫
「神代三剣の内の一つとか浪漫があるじゃない」
≪まあね。平家滅亡時に失われたなんて説もあるらしいけど、果たしてどれがほんとなのやら≫
「石上神宮にあるっていう布都御魂(ふつのみたま)も名物だったりするのかねぇ」
≪神代の時代の劒冑とか想像もつかないなぁ。そんな昔の鍛冶師の頭にはどんな発想が生まれていたんだか。神代と言わず上古の劒冑だって今では失われた技術も多いのにさ≫

不意に、お腹から空腹を告げる虫の音が鳴った。

「どれ、そろそろお弁当でも頂こうかな」
≪から揚げ弁当だったよね?≫
「そうそう。おにぎり、から揚げ、厚焼き玉子にお漬物。これさえ備えておけば、信子は何時までも戦えます!」
≪じゅるり≫
「……………」
≪ご、ごめん御堂。冗談だからね?冗談だから、そんな真冬に露天風呂に入ろうとお湯に飛び込んだら、何故か中身が冷水だった時みたいな顔しないで…≫
「いや、それは普通気付くでしょ。というか、そこまで私酷い顔してた!?」
≪落ち込まないで、御堂。整った顔ほど崩れた時の落差が激しいだけだから…≫
「それは慰めじゃなくて追い討ちって言うんだよ」
「というか、中身が冷水に気付かないとかお猿さんもビックリな大ポカっぷりだよね。もう一度受精卵からやり直す事をやんわりと推奨したくなるレベルかも」
≪そりゃまた傑作だね!あっはっはっはっは!!」≫
「あーっはっはっはっは!!!」
≪あっはっはっはっはっは!!≫
「あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
≪……………悪かったね。お猿以下で≫

…。

……どうもまだ琴乃ちゃんのポテンシャルを見くびっていたみたいだねぇ。

 

 

琴乃ちゃんが見回りの為に廃寺を離れてから程なくして弁当を平らげた私は、明日の分の梅干入りおにぎりを風呂敷に包み直し、床の上に体を横たえた。
ボケッとしながらロウソクの炎を眺めてみる。
食料の残り具合を考えてカロリーの消費は抑えておきたいが、かといって何時何が起きても即応出来る状態ではいたい。
消化を促す程度には軽く体を動かしておこうかな。
そう考えて私が立ち上がると、不意に琴乃ちゃんからの金丁声が脳裏に響く。

≪御堂≫
「何、村雨?」
≪そっちに誰か向かってる≫
「何者?」
≪人…だと思う。特に武装してないのは間違い無いけど。…うーん≫

琴乃ちゃんの返答はなんとも歯切れが悪い。何か腑に落ちない事でもあるのだろうか。

≪とりあえず私も今そっちに戻るから。御堂も注意して≫
「分かった」

と次の瞬間、ドンドンと本堂の戸を叩く音が耳に届いた。

「……」

私は物音を立てずに戸口を見つめた。
本堂から漏れる明かりで中に人がいる事は向こうも把握しているはずである。
単に雨宿りがしたいだけの旅人なら構わないが、琴乃ちゃんからの警告もあって私は身構えた。
……。
ゆっくりと腰を下げ、刀の鞘を握ろうとしたがその時、

「う……あ…あ……あ…」
「へ?」

無造作に戸を開けて誰かが中にドサッと倒れこんで来た。

「ちょ、ちょっと…」

警戒心を解いたわけでは無いが、とりあえず害意を持った相手では無いと判断して、私はすぐさま駆け寄り肩に手をかける。
すると、倒れていた相手は弱々しくも私の手を握りながら、

「こ……ここは…地獄…かな?」
「だ、大丈夫?」
「グゥッ…ううッ…」

…気を失ってしまった。
どうやら女性…のようだ。自分よりはいくらか年下に見える。
全身は雨だけでなく泥まみれ。…それに、いくらか血も。
お腹の辺りだろうか。血の染み具合から、流されてまだそう長い時間が経っていないのが察せられた。手当てをした方がいいかもしれない。
傷を見せてもらおうと、私が彼女に触れようとしたが、

「ハッ!?」

突然目を覚ました。

「背中!!背中は!?」
「何…背中がどうしたの?」

女性は背中にしきりに手を回している。

「な、ななな無い!!」
「だから何が?」
「大事な物なの!!我が家に伝わる、大事な!アレが無いとボクは!!」
「…いや、だからそれが何なのかと…」
「あのデカ女…よくも…」

ワナワナと体を震わせながら、少女がギリっと歯を食いしばった。
血走った目には明らかな憎しみの光が宿り、鬼の様な形相で虚空を睨み付けている。

(この娘、年にそぐわずなんて危うい殺気を…)

背筋に怖気が走ったのも束の間、彼女は表情を虚ろなものに変えて、ゆっくりと立ち上がる。

「取りに行かないと」
「どこへ行く気?」
「落し物を探しに」
「貴女は怪我をしてるのよ?」
「大丈夫、放って置けば勝手に直るから」
「そんな簡単な傷じゃ…」
「少し前まで背負っていたのは覚えてるんだ。そう遠くで落ちてるなんてことは無いと思うし」

表に向かって女性は歩き出し、かと思うと、体をフラつかせて柱にもたれかかる。
私は慌てて駆け寄った。

「ほら、言わんこっちゃ無い!」
「糞…アイ…ら、調…に……抜き……って……」
「え?何?」

搾り出すように憎々しげに呟いた彼女の言葉は、か細過ぎて上手く聞き取ることが出来なかった。
私は彼女に肩を貸し、本堂の奥で体を床に寝かせてあげた。
先程までの怒気を孕んだ表情は既に消え去り、今は精気を欠いた様子で天井を見上げている。
ここまで気性の変化が激しい女性に出会ったのは初めてだ。
怪我をして具合が悪い、というだけでは無さそうだが…

「とにかく今は寝てなさい。お水飲む?」
「…大丈夫、有難う。お姉さん優しいね」
「私は大塚信子。貴女は?」
「自己紹介が遅れて…失礼しました。私は平」

彼女の言葉を遮るように、かん高くも重い金属音が本堂まで響く。同時に爆音が近づき、やがて遠くへと過ぎて行った。
…今のはまさか、劒冑の

「劒冑の戦闘」
「え?」

私が声を出すよりも早く彼女が反応した。
…そう、確かに彼女の言う通り、今のは恐らく劒冑同士の戦闘音だ。
劒冑と劒冑が太刀打ちを行い、翼筒が爆炎を吐き出した音と見て間違いは無いだろう。

「私が様子を見てくる。貴女はここにいて」
「けど」
「いいから怪我人は大人しくしていなさい」
「…分かった。お姉さんも気を付けて」
「ええ」

彼女に返事をするのもそこそこに、私は太刀を腰に挿し直し、速やかに本堂を後にした。
外に出ると同時に、琴乃ちゃんが私の前に姿を現す。
何時の間にか雨はほとんど小雨になっていた。

「村雨」
≪何時でも≫
「よし、行こう!」

私が素早く跨ると、琴乃ちゃんは薄暗い森に向かって風のように駆け出した。

 

走りながら彼方を見据えると、遠くの空では武者の噴煙が描く軌跡が重なると共に、激しい火花と戟剣音を轟かせていた。
数は五。
真打一つに数打四つ。
数打は六波羅幕府の制式劒冑・零零式か。
真打の方はというと、その騎航はどうにもおぼつかない。

≪単鋭装甲、舞草鍛冶の甲鉄。相当に古いね≫

ふむ。
零零式と言えば、標的を内側から瞬時に焼き尽くす発振砲を備えているはずだが、見た限りではそれを使用している様子は無い。
どの零零式も太刀にて敵騎と斬り結んでいる。いや、斬り刻んでいると言った方が適切か。

「…嬲っているのね」

琴乃ちゃんの目を借りてより詳細な様子を観察する。
真打劒冑の方は五体こそ不足してはいないものの、片足を焦げ付かせ、全身に刃傷を纏い、危うい騎航で敵刃を逃れていた。
単鋭装甲の速力はもはや見る影も無い。母衣の損傷も酷そうだ。
舞草鍛冶といえば単鋭装甲の先駆として有名だが、旋回性の重要性に着目される以前の業物のはず。元より"腰"に期待出来ぬ劒冑が"足"まで難を負うとなれば、命運ほぼ尽きたも同然か。
このままでは、六波羅の劒冑がこの戯れ事に飽いた時があの真打の最後となるだろう。
とそこへ、

≪御堂≫

蒼穹では無く正面に視線を戻す。
視線の先には、先程までの私と同じく、天空での武者達の戦闘を見つめる少女の姿があった。
私は琴乃ちゃんから降りて、付近の茂みから様子を窺う。
短く切り揃えた赤い髪、簡素な着物に身を包んだ小さな体。恐らく年は10に達しているかどうか。
私が声をかけようとする間もなく、少女は必死な様子で声を張り上げる。

「湯殿山!!」

私の目の前で、木の上より突如何かが飛び降りてきた。
猿……いえ、これは──────劒冑!?

「迷いのろっか」
「ちょっと待った!!」

装甲の口上(恐らく)を発しようとした少女を私は慌てて止める。

「な、何者!?」

突然背後より抱き締めてきた私から必死に逃れようとしているが、少女は抱え上げられている為、手足をジタバタとさせることしか出来ていない。

「離して!は、離せぇっ!」
「時間が無いわ。私の質問にすぐ答えて」
「何を…」
「いいから!!」
「わ、分かった」
「上で六波羅と戦っているのは?」
「私の…姉上だ…」
「追われている理由は?」

少女の体がワナワナと震えだし、振り絞るように強張った声が漏れる。

「あいつら、里をめちゃくちゃにして劒冑を…だから取り返しに…でも、直ぐに見つかって…」
「了解。大体分かったわ。詳しくは後で聞かせてね」

私は少女を抱きとめた手から力を抜く。
少女は小さな体で精一杯力を張り、体を掴んだ私からスルりと抜けて距離を取った。
幼い年で中々の体術だ。
油断無く構えをとった少女は、こちらに射るような眼差しを向けている。

「どうする…つもり?」
「……」

どうしたものか。
劒冑同士の戦闘に介入するとなれば、否が応にも命のやり取りとなる。
盗まれた物を盗み返したらしい側と、更にそれを取り返そうとする側。
どちらかに加担しどちらかをを殺す。
決断を迷う時間は残されていない。

「行くわよ、村雨」
≪合点≫

私の直ぐ横に琴乃ちゃんが、その重厚な見た目とは裏腹に、どこぞより軽やかに降り立つ。
鋼の巨犬の双眸がブゥンと鈍く輝くと、少女は驚愕の表情を浮かべて後ずさる。

「劒冑……おまえ、武者なのか!?」
「離れていなさい」

足は肩幅よりやや広く、半身になり、右手で印を結ぶ。
瞬時に琴乃ちゃんの甲鉄が弾け、私の周りを漂い始めた。

「仁義礼智忠信孝悌」
「抜けば玉散る氷の刃」
「振れば命散るさだめのツルギ」

右手を横一文字に振りぬく。
紡がれる誓約の口上に呼応し、宙を浮かぶ甲鉄が私の体に装甲された。
間髪いれずに生まれた突風に、離れて様子を見守っていた少女は顔を守りながら尻餅をつく。
私は鋼を身に纏い、武者村雨となった。

「推して参る」

合当理に火を入れると、即座に凄まじい噴流が放出され、甲鉄の体が大地を飛び立つ。
未だ小雨降り止まぬ曇天の中、藤色の劒冑が空を駆けた。

 

 

後編へ続く


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